小説:瞬殺猿姫

『瞬殺猿姫(52) 猿姫の縁者。吟味にあたる織田弾正忠信勝』

織田弾正忠信勝(おだだんじょうのじょうのぶかつ)は、那古野城の地下牢に来ている。 いくつかに区切られた房のそれぞれに、罪人が押し込められている。 尾張一国を統一して後、弾正忠は領内の治安回復に努めていた。 それで、収監される罪人の数は日増しに…

『瞬殺猿姫(51) 海の上、阿波守に復讐する猿姫』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)と蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は力を合わせた。 二人で茶店の中から、猿姫(さるひめ)の体を抱えて、外に運び出した。 外には、農家で借りた荷車を支えて、佐脇与五郎(さわきよごろう)が待っている。 阿波守…

『瞬殺猿姫(50) 猿姫を狙う織田弾正忠信勝』

織田家の当主、織田弾正忠信勝(おだだんじょうのじょうのぶかつ)は、清洲城を本拠に定めている。 隣接する諸国との戦は小康状態にあって、動きがない。 城内の空気は落ち着いている。 彼の兄、三郎信長(さぶろうのぶなが)を支持する織田家家臣は家中から…

『瞬殺猿姫(49) 止める猿姫。三郎は佐脇を問い詰める』

では行って参る、と二人は茶店から出て行こうとする。 「三郎殿、どこへ?」 猿姫(さるひめ)は慌てて縁台から立ち上がりかけて、背中の痛みに耐えかねて再び後ろに尻餅をついた。 蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)が駆け寄って彼女の肩を押さえる。 「…

『瞬殺猿姫(48) 猿姫の痛手。三郎たちの算段』

茶店の奥から、彼女が漏らすうめき声がわずかに聞こえた。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、思わず唇を噛む。 床机に腰掛けて、苦々しい顔でいるのだった。 背中を刺されて負傷した猿姫(さるひめ)。 彼女を、三郎は仲間の蜂須賀阿波守(はちすか…

『瞬殺猿姫(47) 出立の日。猿姫と三郎、感傷的な邂逅。抱擁。暴力』

出立の朝が来た。 「お世話になり申した」 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、宿舎の小屋の中に集まって見送る仲間に頭を下げた。 立ち並ぶ男たちの中に、親方もいる。 当初は手厳しい対応を受けたが、三郎が仕事に慣れてからはうまくやってきた。 気…

『瞬殺猿姫(46) 猿姫との合流を画策する、三郎と阿波守』

港に入ってきた商船から、荷を降ろす。 降ろした荷を、荷車に積み込む。 荷で満載の荷車を、蔵まで運ぶ。 荷車から荷を蔵内部に運び入れる。 商船が入港した際、そうした分担で港の運び手たちは仕事をする。 「近頃は荷の動きが激しいですな」 織田三郎信長…

『瞬殺猿姫(45) 差し向かいになる二人、猿姫と神戸下総守』

猿姫(さるひめ)は妙な気配を感じて、振り返った。 畦道に、編み笠を被り、脚絆を履いた武士が立ってこちらを見ている。 猿姫は農家の夫婦と共に鍬で畑の土を掘り返し、耕していたところだ。 春の気配が迫った、しかしまだ底冷えの残る朝。 尾張の織田の刺…

『瞬殺猿姫(44) 猿姫の偶像、文を読む三郎』

白子港の、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)が寝泊りする掘っ立て小屋に、猿姫(さるひめ)からの文が届いたのは、一行が離散して半年余りも後のことであった。 「織田のうつけに、文が来ておった」 蔵の後始末を終えた親方が、手に文を持って小屋の戸…

『瞬殺猿姫(43) 泥鰌を捕る猿姫、三郎の涙』

猿姫は、棒を器用に操った。 「やっ」 水田の中から、棒先で泥ごと跳ね上げられて、泥鰌(どじょう)が宙に飛んだ。 「えいっ」 と勢いをつけて、猿姫は体を躍らせ、腰に結わえたびくで落ちてきた泥鰌を受ける。 宙を舞った後、泥鰌はびくの中に収まる。 泥…

『瞬殺猿姫(42) 食いつめる猿姫たち』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、平気な顔で立っている。 猿姫は、おそるおそる彼の顔を見上げた。 「三郎殿」 「なんでござる」 三郎は何気なく振り返った。 彼に伝えるのが心苦しい。 猿姫は、唾液を飲み込む。 「実は…」 「なんでござる」 「あ…

『瞬殺猿姫(41) 猿姫、行き先を思案する』

猿姫(さるひめ)は、心の疲れを押して祠に戻った。 「猿姫殿っ」 観音扉の戸を開けるなり、歓声を耳にする。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)の声である。 「お帰りが遅かったので、拙者心配しておりました」 祠内部の薄暗い中に、猿姫を迎える三郎の…

『瞬殺猿姫(40) 一子といる竹薮、消耗する猿姫』

竹薮の中で猿姫(さるひめ)は、忍びの女である一子(かずこ)と対峙している。 一子は猿姫の心を迷わせる言葉をかけてきた。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)たちと同道することが、いかに猿姫のためにならないか。 語りかけて、彼女に忍びになるよう…

『瞬殺猿姫(39) 猿姫を迷わせる一子の言葉』

棒の切っ先を、いつでも相手の喉元に突き立てられるように。 猿姫(さるひめ)は、棒を構えて腰に引きつけている。 目の前に立つのは、忍びの女、一子(かずこ)。 月明かりの下に、素顔を晒している。 「貴様と取引することなどない」 答えながら、ひと息に…

『瞬殺猿姫(38) 猿姫たちは抜け穴の先、三の丸へ』

一行の主である、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。 彼は、しきりにうなずいていた。 「下総守殿が仰せられる通り。国の強さとは、民の強さ。我ら武家は、あくまで民を陰ながら主導する者であるべきでござる」 先の、神戸下総守利盛(かんべしもうさの…

『瞬殺猿姫(37) 猿姫たちと脱出する神戸下総守』

猿姫(さるひめ)たち一行は、神戸城本丸の御殿から脱出した。 城主である神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)を連れている。 彼を守るように、先頭に猿姫と織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。 殿に蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)が立…

『瞬殺猿姫(36) 神戸城での最後のお茶、いただく猿姫たち』

髭面の蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は、表情を曇らせた。 「今まで慣れでお主のことをうつけとは呼んでいたが…本当にうつけだったとは」 織田三郎信長(おささぶろうのぶなが)を見据えがら、阿波守はうめいている。 神戸城の二の丸。 西から攻めてき…

『瞬殺猿姫(35) 二重櫓を脱する、猿姫の胸の内』

急がないと、と猿姫(さるひめ)は思った。 いまだ織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は格子窓に食いついて、外で繰り広げられる戦に見入っている。 傍らでは、すでに蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)が窓から離れ、身支度を整えていた。 先に城主神戸…

『瞬殺猿姫(34) ぐうの音も出ない猿姫と三郎』

肩を並べて格子窓から外をのぞきながら、三人は戦慄している。 猿姫(さるひめ)。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。 蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)。 伊勢の神戸城、二の丸の西の隅に立つ、二重櫓の二階である。 窓の外には、血生臭い光景が広…

『瞬殺猿姫(33) 猿姫たちは窓からのぞく』

神戸城の二重櫓の二階。 砂が落ちてざらざらした床板の上に腰を降ろして、猿姫(さるひめ)は物憂げな顔だった。 彼女の傍らに同じく織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)があぐらをかいている。 三郎は座ったまま、頭を垂れていた。 居眠りしている。 彼の…

『瞬殺猿姫(32) 二重櫓の猿姫たち三人』

伊勢は白子の宿場に近い、神戸城の二の丸に建つ、二重櫓の二階。 猿姫(さるひめ)がいて、のぞき窓から遠く亀山城のある方角を眺めている。 しかし日は暮れて、遠方には闇が降りている。 わずかに、城内の各所で燃えるかがり火が、下から夜空を照らすばかり…

『瞬殺猿姫(31) 猿姫から離れ、一子は亀山宿』

一子(かずこ)は、物置部屋の中に積まれた、布団の間に挟まっている。 亀山の宿場町である。 旅人向けの宿が、いくらもある。 一子はそのうちの目をつけた宿のひとつに潜り込んだ。 猿姫(さるひめ)に財布を取られたままなので、一銭も持っていないのだ。 …

『瞬殺猿姫(30) 猿姫に路銀を取られたままの一子』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)と蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は、神戸城の本丸御殿にいる。 三郎、阿波守の順に前後に並んで通路を歩いている。 緊張した面持ちで足早に歩く三郎に比べ、後ろからついていく阿波守は気楽な表情をしている。 神…

『瞬殺猿姫(29) 寝起きの猿姫が様子を探る』

まとわりつくような眠気を振り払い、猿姫(さるひめ)はまぶたを持ち上げた。 体を横に、寝かされている。 眠りの間にも身に添わせていた愛用の棒をつかんだまま、猿姫は上体を起こした。 衣擦れの音がする。 視界は目の前に立った屏風でふさがれているが、…

『瞬殺猿姫(28) 猿姫を置いて食事する、三郎と阿波守』

室内が清められた後、客間の一端に寝具が敷かれた。 眠っている猿姫(さるひめ)のためのものだ。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、城の下女たちと協力して彼女を寝具にまで運んだ。 眠りながら、危険な得物を手にしたままの猿姫だ。 先に蜂須賀阿…

『瞬殺猿姫(27) 猿姫を守った三郎。一子は泣く』

神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)は、客間を吟味している。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は結局、城主である神戸下総守に事の次第を報告した。 下総守は側近たちを連れてやって来た。 彼らが室内を調べている間、三郎は部屋の隅に退…

『瞬殺猿姫(26) 眠る猿姫、見つめる阿波守』

滝川慶次郎利益(たきがわけいじろうとします)は、唇を舐めた。 口の中が、乾いている。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)と向き合っている。 二人の間の空気は、張り詰めたままだ。 三郎は眠る猿姫(さるひめ)をかばい、慶次郎に厳しい顔つきで挑ん…

『瞬殺猿姫(25) 眠る猿姫を巡り、客間は荒れる』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、緊張で固まった体を動かそうと躍起になった。 傍らに、眠り薬を嗅いでしまった猿姫が横たわり、眠っている。 その二人の目前に、刀を手にした男が迫っていた。 男は、滝川慶次郎利益(たきがわけいじろうとします)…

『瞬殺猿姫(24) 毒見をした猿姫』

猿姫(さるひめ)は、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)の膳を覗き込んでいる。 「作為を感じる」 厳しい目をして、つぶやいた。 彼女を見守る三郎の表情が強張る。 「毒を盛られているかもしれない」 「まさか」 三郎は、引きつった声で言った。 「拙者…

『瞬殺猿姫(23) 膳を疑う猿姫と慶次郎』

客間の外から城の下女の声がかかり、昼食の膳が運ばれてきた。 一行の主、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。 彼の武芸の師匠、猿姫(さるひめ)。 表向きは三郎の家臣ながらその実は人質、蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)。 伊勢の土豪と称する男…