短編小説

『千鳥足のブタ』

行くあてもない。 それで心細く路上を歩いていると、向こうから人が歩いてくる。 千鳥足というやつだ。 ふらふら、ふらふら。 そんな足取りで、向こうから人が歩いてくる。 しばらくの時をかけて、私とかの人との距離は縮まった。 中年の男性だった。 右手に…

『社会実験進行中』

大通りの路面にひざまずいて、道行く人々に語りかける男性がいる。 「助けてください、もう二、三日の間、酒しか飲んでいないんです」 非常に大きな声だ。 通り過ぎる人たちは、気の毒そうな顔で、ひざまずいた人を見ていく。 「助けてください」 他の人と同…

『蓄財、それは善行から』

折々にテレビ番組を見ると、新しい知見が得られるのである。 私の場合、お金が欲しい。 テレビ番組で、お金儲けについて知りたいのだ。 でも私の頭では、お金を得るための難しい話はわからない。 それなので真面目な経済番組ではなく、もう少し俗なお金儲け…

『活字中毒のひと』

私が活字中毒、と言うのは言い過ぎだ。 「いや、活字中毒ですよね?」 人の指摘は、厳しい。 「でも私程度で。活字中毒って、言ってしまっていいのかな」 目の前の相手が着ている派手なTシャツには、英文のコピーライティングが印刷されている。 私はその文…

『食事作法、美意識の範囲』

食事は、いかに音をたてずに執り行うか。 それが肝要だと私は思っているのだ。 できる限り、静かにものを食べる。 誰しも、食事はそうやってとるべきだ。 そう思っているので、昼時に入った行きつけの食堂で、私は大きな殺意を覚えている。 カウンター席の隣…

『寝ていたいが、先輩の言葉』

怒鳴り声が辺りに響いている。 「おい、役立たずがごろごろしやがって、邪魔だ」 私は、道の真ん中に寝そべっている。 怒鳴り声は、辛辣なものだった。 それは明らかに、私を指したものだ。 ただいくら辛辣な怒鳴り声でも、それが自分の発したものであれば、…

『自己発見講座』

心理学の知見に基づく「自己発見講座」を受講することにした。 私は、自分のことが時々わからなくなってしまう。 そんな折だった。 件の講座が開かれることを知ったのだ。 地元に基盤を置くNPO団体の主催によるものだという。 私はその団体に電話をかけて、…

『定期的なすき焼きの気分』 

不思議と、定期的に「すき焼き」が食べたくなる。 すき焼き。 美味しい牛肉を、豆腐、白菜、シイタケ、白ネギ等の具材と共に醤油、みりん、砂糖から成る割り下で味付けしながら。 鍋の上で煮たり焼いたりして食べる日本料理である。 その過程でかかるガス代…

『カタコンベ、二人の法事』

茂吉(もきち)は、右手に燭台を掲げて目の前を照らしながら。 暗い地下通路の中を歩いている。 そこには、ひんやりと冷たい空気が充満している。 彼の背中に寄り添うようについて歩く、フェデリカ。 両手を組んで体の前に垂らしているフェデリカ、その手の…

『クリスマスイヴを前に、企む』

無人島での生活。 乗っていた客船が難破して、流れ着いた。 それ以来、この島で助けを待ちながら暮らしている。 それも、もう長い。 数年に渡っている。 いつでも、生活用品など、物に不自由している。 生きていくのがやっとで、季節の移り変わりには無頓着…

『サンタ女性との一夜』

私は怒鳴り声をあげている。 「おい、酒だ!酒がないぞ!どうして買っておかねえんだ!」 目を吊り上げて、怒鳴る。 しかしこれで私も、俺はどうしようもないのんだくれおやじだ、と自分でもわかっている。 「おい、聞いてるのかよ。酒だよ!」 返事をしてく…

『穏やかな午睡を取りたい』

午睡を取る。 ぐうぐうぐう。 昼日中から。 午睡を取っている。 世間体を気にする神経があれば、できない芸当だ。 「見てお母さん、あのおじさん寝てるよ」 「しっ、起こしちゃうでしょ」 私は眠りが浅いので、道行く人々の後ろ指さす声も聞こえてしまう。 …

『魑魅魍魎の星、天ぷらを揚げる店主』

いつの頃からか、時間の感覚がなくなっている。 異次元に住む宿命である。 それなので、どのタイミングで仕込みを始めればいいのか、見切りが難しい。 それでも客が来る予感さえあれば、彼は仕事を始めるのだ。 各種のタネを衣にからめる。 鍋の中の熱した油…

『うどん泥棒への嫌がらせ』

今日は何もいいことがなかった。 うどんでもすすって、早めに寝よう。 そう思って家の冷蔵庫をのぞいたのだが、うどんがなかった。 今朝までは、確かにうどんが三玉、そこにあったのだ。 そんな馬鹿な、と思った。 私が買って入れておいたのである。 私が食…

『盛られた話、鰯の女性』

世間では「盛る」、と言って。 ある出来事について、実際よりも大きくふくらまして話す人がいるらしい。 私はファーストフード店の店内にいる。 テーブル席にいる。 脂っこいハンバーガーとフライドポテトに飢えてここに来た。 ポテトをちまちま一本づつ紙容…

『パンなどいらない、ワインのみをくれ』

駄目だ。 水を飲んでも飲んでも。 酔うことはできない。 水道水にはアルコール分が入っていないのだから、当然だ。 酔いたい気分の私の手元に酒がない。 どこかに、アルコール分の入った水が出てくる蛇口はないものか。 そう思い私は、アルコール分欲しさで…

『旅先のご当地戦国武将。私の妄想』

昼食をとろうと思ったのに、変な店ばかりだ。 外出先、とある街の駅前。 駅前のロータリーを取り囲むように、飲食店が何軒か並んで立っている。 しかしここが、変な店ばかりなのだ。 「タイ式精進料理店」だの「ダイエット食品レストラン」だの「野草粥専門…

『乗り慣れないUFOに、私は乗ります』

UFO搭乗に至るまでの経緯について。 それについて説明を求めるのは、この場ではご遠慮願えますでしょうか。 私は、話したくないのです。 話すことには労力がいるし、なにより話した私にも聞いた貴方がたにも、災難が及びますので。 その災難とは、命の危険を…

『トランプ狂騒の夜、海のこちらで』

トランプトランプ、うるせえ! と、テレビの電源を消しながら、俺は毒づいている。 さっきテレビをつけたら、誰も彼も「トランプトランプ!」とうるさかったのだ。 チャンネルを変えても、トランプトランプ。 どこでも、欧米人の太った中年男が画面に現れ、…

『ムグァグァム島は、親日国!』

空港と言えば聞こえはいいが、広い原っぱの横に粗末なバラック小屋が立っているだけだ。 バラック小屋の壁面には窓が設けてあり、中から人の顔がのぞいている。 小さな平屋の建物だが、あれが空港であり、管制塔代わりでもあるのだろう。 私はバックパックを…

『暴走バス、僕の孤独な戦い』

中に入ったときから、変なバスだな、とは思っていた。 旅先で乗った、路線バス。 車体の後部から乗り込むのだが、中に入るとまず、運転席が車体の後部にあるのが見える。 ちょうど、列車の車掌室のようだ。 大きなハンドルと座席、各種ペダル、シフトレバー…

『陣中、禅寺での美味しい食事』

私は主君と共に、ある禅宗の寺に滞在することになった。 戦の最中である。 軍勢を率いて、我々は隣国の領土に攻め込んだ。 そして我が国との境界近くにある隣国側の寺に、陣を敷いたのだ。 この寺は、平安の昔より続く古刹である。 もとは小さな寺であったの…

『私と竹林の守護』

最近、日本的な場所に飢えていた。 日本的、にもいろいろあるが、京都の嵯峨野のような場所を私は求めている。 美しい竹林の間に立って、竹の香りを吸い込みたかった。 そんなわけで、時間があれば、近所の竹林に出かけている。 もともと住んでいるのが山間…

『「僕の考えたゾンビゲー」をひたすら脳内で遊ぶ孤独』

近頃のテレビゲームはなっとらん!と口に出すのは、はばかられる。 しかし実際、近頃のゲームになかなか食指が動かないのだ。 新作ゲームの紹介動画を見ても、私のやりたいのはそういうのじゃないんだけどなあ…とため息ばかりが出る。 私にはやりたいゲーム…

『運悪く、虎』

市場で買ったリンゴをかじりながら、歩道を歩いている。 突然、急なことが起こった。 右足に、激痛。 私は路上に転んだ。 「いててて…」 激痛は、収まらない。 数分間、私は路上にうつ伏せになったまま、もがき続けた。 痛みが治まったので、立ち上がった。 …

『頭に乗る大坂侍』

こんな水のような酒を銘酒だなどと称して、この土地はどうしようもない。 そう思いながら、与助(よすけ)は猪口を口に運んでいる。 どうしようもない土地だ。 藩主から直々に命じられ、北九州の太宰府に派遣されていた与助である。 任期を終えて、今は国許…

『廃棄物の山、新人の戦い』

案内された場所は、産業廃棄物を積んでつくられた、山の傾斜の途中にあった。 「ほら、ここがおたくの持ち場だから」 私を案内してきたチーフは、投げやりに手を振った。 適当にその辺りに居場所を見つけろ、ということらしい。 チーフは私と同年輩のようだ…

『有能な人物』

一面の芝生が広がっている。 午後の運動公園である。 ジュースを買いに、自販機に向かう。 芝生の上を歩いていく。 行く先に、ごろごろと寝転がっている人たちがいた。 半端でない数の、横になる人々だ。 芝生を埋め尽くさんばかりだ。 老若男女、分け隔てな…

『エイのような女たち』

瀬戸内海沿いの、ある地方都市に来ている。 古くから港町として栄えた場所である。 目の前の海に住む魚の種類は多い。 それらを集めた大きな水族館が海沿いに立っていた。 私は、その水族館の中にいる。 館内の展示の目玉、巨大水槽の前に立った。 十種類を…

『旅の間は、旅で頭がいっぱいだ』

お金があるときは忙しくて旅に出られないし。 忙しくないときにはお金がないし…。 どちらのときにも、旅には出たい。 旅と読書が大好きだ。 旅も読書も、それらに励む間は、他のことを忘れていられるからだ。 旅好きな読書家の男が、職場でぼんやりしている…