短編小説

『転生したら堕天使だった、私にはお似合い(中編)』

白美(しろみ)は、女性の語りを聞き終えた。 ところどころ事情の理解の難しい点はあったが、要約すれば、女性は自分が許せなくなった。 そういうことだ。 失敗を重ねたり、人を傷つけたりして、自分が嫌になった。 それだけなのだ。 莫大な借金を抱えている…

『転生したら堕天使だった、私にはお似合い(後編)』

雑居ビルの玄関は、両開きのガラス扉だった。 色の濃い分厚いガラス戸で、建物の内側はうっすらとしか見えない。 白美(しろみ)がおそるおそる中の様子をうかがっていると、脇から人の気配が近づいた。 「あんた、うちに何の用や」 見ると、大柄な男だ。 表…

『転生したら堕天使だった、私にはお似合い(前編)』

毎朝乗る通学電車の中。 白美(しろみ)はロングシートの端に座っている。 座席は全て乗客で埋まり、通路と入り口付近に立つ人も多かった。 白美の自宅から最寄りの駅はこの路線の始発駅にあたるので、彼女は毎朝座席に着くことができた。 始発駅近辺の新興…

『転生したら森の中、反省』

研二(けんじ)は、こっちが青だろが、と抗議のつもりでドライバーの顔を見た。 だが相手が悪かった。 フロントガラス越しに見えた。 人相の悪い中年の男。 眉間と口元を歪めて、邪魔だ、と威嚇している。 ひき逃げ上等の価値観なのだ。 研二は、目を見開い…

『外国人客』

ランチタイムのヘルプで入る、時短シフト。 そういう契約でファミリー・レストランに勤めている。 控え室で着替えを済ませて、慌しい厨房内の人たちに挨拶をして、ホールへ向かう。 「ミコちゃん、早く」 ホール入口の付近で、同僚の田北寧子が焦りがちに手…

『祝祭の後日』

ミコは思案した。 他人様の目のある場所では恥ずかしい。 草木も眠る丑三つ時はいかがであろう。 使い古しのシーツに目穴を開けて頭から被り、一体の異様な者になった。 そんなミコが家を出た。 丑三つ時だ。 道沿いに街灯もほとんどない、貧しい町である。 …

『可もなく不可もなく』

気付くと、いつも同じ中華料理店に入っている。 「あどうも、まいどです」 既視感に襲われながら、僕は窓際のテーブル席に案内された。 前も「また同じ店に入ってしまった」と思いながら座り心地の悪い椅子に腰掛けたのだ。 座席の皮の部分がすっかりへこん…

『千鳥足のブタ』

行くあてもない。 それで心細く路上を歩いていると、向こうから人が歩いてくる。 千鳥足というやつだ。 ふらふら、ふらふら。 そんな足取りで、向こうから人が歩いてくる。 しばらくの時をかけて、私とかの人との距離は縮まった。 中年の男性だった。 右手に…

『社会実験進行中』

大通りの路面にひざまずいて、道行く人々に語りかける男性がいる。 「助けてください、もう二、三日の間、酒しか飲んでいないんです」 非常に大きな声だ。 通り過ぎる人たちは、気の毒そうな顔で、ひざまずいた人を見ていく。 「助けてください」 他の人と同…

『蓄財、それは善行から』

折々にテレビ番組を見ると、新しい知見が得られるのである。 私の場合、お金が欲しい。 テレビ番組で、お金儲けについて知りたいのだ。 でも私の頭では、お金を得るための難しい話はわからない。 それなので真面目な経済番組ではなく、もう少し俗なお金儲け…

『活字中毒のひと』

私が活字中毒、と言うのは言い過ぎだ。 「いや、活字中毒ですよね?」 人の指摘は、厳しい。 「でも私程度で。活字中毒って、言ってしまっていいのかな」 目の前の相手が着ている派手なTシャツには、英文のコピーライティングが印刷されている。 私はその文…

『食事作法、美意識の範囲』

食事は、いかに音をたてずに執り行うか。 それが肝要だと私は思っているのだ。 できる限り、静かにものを食べる。 誰しも、食事はそうやってとるべきだ。 そう思っているので、昼時に入った行きつけの食堂で、私は大きな殺意を覚えている。 カウンター席の隣…

『寝ていたいが、先輩の言葉』

怒鳴り声が辺りに響いている。 「おい、役立たずがごろごろしやがって、邪魔だ」 私は、道の真ん中に寝そべっている。 怒鳴り声は、辛辣なものだった。 それは明らかに、私を指したものだ。 ただいくら辛辣な怒鳴り声でも、それが自分の発したものであれば、…

『自己発見講座』

心理学の知見に基づく「自己発見講座」を受講することにした。 私は、自分のことが時々わからなくなってしまう。 そんな折だった。 件の講座が開かれることを知ったのだ。 地元に基盤を置くNPO団体の主催によるものだという。 私はその団体に電話をかけて、…

『定期的なすき焼きの気分』 

不思議と、定期的に「すき焼き」が食べたくなる。 すき焼き。 美味しい牛肉を、豆腐、白菜、シイタケ、白ネギ等の具材と共に醤油、みりん、砂糖から成る割り下で味付けしながら。 鍋の上で煮たり焼いたりして食べる日本料理である。 その過程でかかるガス代…

『カタコンベ、二人の法事』

茂吉(もきち)は、右手に燭台を掲げて目の前を照らしながら。 暗い地下通路の中を歩いている。 そこには、ひんやりと冷たい空気が充満している。 彼の背中に寄り添うようについて歩く、フェデリカ。 両手を組んで体の前に垂らしているフェデリカ、その手の…

『クリスマスイヴを前に、企む』

無人島での生活。 乗っていた客船が難破して、流れ着いた。 それ以来、この島で助けを待ちながら暮らしている。 それも、もう長い。 数年に渡っている。 いつでも、生活用品など、物に不自由している。 生きていくのがやっとで、季節の移り変わりには無頓着…

『サンタ女性との一夜』

私は怒鳴り声をあげている。 「おい、酒だ!酒がないぞ!どうして買っておかねえんだ!」 目を吊り上げて、怒鳴る。 しかしこれで私も、俺はどうしようもないのんだくれおやじだ、と自分でもわかっている。 「おい、聞いてるのかよ。酒だよ!」 返事をしてく…

『穏やかな午睡を取りたい』

午睡を取る。 ぐうぐうぐう。 昼日中から。 午睡を取っている。 世間体を気にする神経があれば、できない芸当だ。 「見てお母さん、あのおじさん寝てるよ」 「しっ、起こしちゃうでしょ」 私は眠りが浅いので、道行く人々の後ろ指さす声も聞こえてしまう。 …

『魑魅魍魎の星、天ぷらを揚げる店主』

いつの頃からか、時間の感覚がなくなっている。 異次元に住む宿命である。 それなので、どのタイミングで仕込みを始めればいいのか、見切りが難しい。 それでも客が来る予感さえあれば、彼は仕事を始めるのだ。 各種のタネを衣にからめる。 鍋の中の熱した油…

『うどん泥棒への嫌がらせ』

今日は何もいいことがなかった。 うどんでもすすって、早めに寝よう。 そう思って家の冷蔵庫をのぞいたのだが、うどんがなかった。 今朝までは、確かにうどんが三玉、そこにあったのだ。 そんな馬鹿な、と思った。 私が買って入れておいたのである。 私が食…

『盛られた話、鰯の女性』

世間では「盛る」、と言って。 ある出来事について、実際よりも大きくふくらまして話す人がいるらしい。 私はファーストフード店の店内にいる。 テーブル席にいる。 脂っこいハンバーガーとフライドポテトに飢えてここに来た。 ポテトをちまちま一本づつ紙容…

『パンなどいらない、ワインのみをくれ』

駄目だ。 水を飲んでも飲んでも。 酔うことはできない。 水道水にはアルコール分が入っていないのだから、当然だ。 酔いたい気分の私の手元に酒がない。 どこかに、アルコール分の入った水が出てくる蛇口はないものか。 そう思い私は、アルコール分欲しさで…

『旅先のご当地戦国武将。私の妄想』

昼食をとろうと思ったのに、変な店ばかりだ。 外出先、とある街の駅前。 駅前のロータリーを取り囲むように、飲食店が何軒か並んで立っている。 しかしここが、変な店ばかりなのだ。 「タイ式精進料理店」だの「ダイエット食品レストラン」だの「野草粥専門…

『乗り慣れないUFOに、私は乗ります』

UFO搭乗に至るまでの経緯について。 それについて説明を求めるのは、この場ではご遠慮願えますでしょうか。 私は、話したくないのです。 話すことには労力がいるし、なにより話した私にも聞いた貴方がたにも、災難が及びますので。 その災難とは、命の危険を…

『トランプ狂騒の夜、海のこちらで』

トランプトランプ、うるせえ! と、テレビの電源を消しながら、俺は毒づいている。 さっきテレビをつけたら、誰も彼も「トランプトランプ!」とうるさかったのだ。 チャンネルを変えても、トランプトランプ。 どこでも、欧米人の太った中年男が画面に現れ、…

『ムグァグァム島は、親日国!』

空港と言えば聞こえはいいが、広い原っぱの横に粗末なバラック小屋が立っているだけだ。 バラック小屋の壁面には窓が設けてあり、中から人の顔がのぞいている。 小さな平屋の建物だが、あれが空港であり、管制塔代わりでもあるのだろう。 私はバックパックを…

『暴走バス、僕の孤独な戦い』

中に入ったときから、変なバスだな、とは思っていた。 旅先で乗った、路線バス。 車体の後部から乗り込むのだが、中に入るとまず、運転席が車体の後部にあるのが見える。 ちょうど、列車の車掌室のようだ。 大きなハンドルと座席、各種ペダル、シフトレバー…

『陣中、禅寺での美味しい食事』

私は主君と共に、ある禅宗の寺に滞在することになった。 戦の最中である。 軍勢を率いて、我々は隣国の領土に攻め込んだ。 そして我が国との境界近くにある隣国側の寺に、陣を敷いたのだ。 この寺は、平安の昔より続く古刹である。 もとは小さな寺であったの…

『私と竹林の守護』

最近、日本的な場所に飢えていた。 日本的、にもいろいろあるが、京都の嵯峨野のような場所を私は求めている。 美しい竹林の間に立って、竹の香りを吸い込みたかった。 そんなわけで、時間があれば、近所の竹林に出かけている。 もともと住んでいるのが山間…