短編小説

『祝祭の後日』

ミコは思案した。 他人様の目のある場所では恥ずかしい。 草木も眠る丑三つ時はいかがであろう。 使い古しのシーツに目穴を開けて頭から被り、一体の異様な者になった。 そんなミコが家を出た。 丑三つ時だ。 道沿いに街灯もほとんどない、貧しい町である。 …

『可もなく不可もなく』

気付くと、いつも同じ中華料理店に入っている。 「あどうも、まいどです」 既視感に襲われながら、僕は窓際のテーブル席に案内された。 前も「また同じ店に入ってしまった」と思いながら座り心地の悪い椅子に腰掛けたのだ。 座席の皮の部分がすっかりへこん…

『千鳥足のブタ』

行くあてもない。 それで心細く路上を歩いていると、向こうから人が歩いてくる。 千鳥足というやつだ。 ふらふら、ふらふら。 そんな足取りで、向こうから人が歩いてくる。 しばらくの時をかけて、私とかの人との距離は縮まった。 中年の男性だった。 右手に…

『社会実験進行中』

大通りの路面にひざまずいて、道行く人々に語りかける男性がいる。 「助けてください、もう二、三日の間、酒しか飲んでいないんです」 非常に大きな声だ。 通り過ぎる人たちは、気の毒そうな顔で、ひざまずいた人を見ていく。 「助けてください」 他の人と同…

『蓄財、それは善行から』

折々にテレビ番組を見ると、新しい知見が得られるのである。 私の場合、お金が欲しい。 テレビ番組で、お金儲けについて知りたいのだ。 でも私の頭では、お金を得るための難しい話はわからない。 それなので真面目な経済番組ではなく、もう少し俗なお金儲け…

『活字中毒のひと』

私が活字中毒、と言うのは言い過ぎだ。 「いや、活字中毒ですよね?」 人の指摘は、厳しい。 「でも私程度で。活字中毒って、言ってしまっていいのかな」 目の前の相手が着ている派手なTシャツには、英文のコピーライティングが印刷されている。 私はその文…

『食事作法、美意識の範囲』

食事は、いかに音をたてずに執り行うか。 それが肝要だと私は思っているのだ。 できる限り、静かにものを食べる。 誰しも、食事はそうやってとるべきだ。 そう思っているので、昼時に入った行きつけの食堂で、私は大きな殺意を覚えている。 カウンター席の隣…

『寝ていたいが、先輩の言葉』

怒鳴り声が辺りに響いている。 「おい、役立たずがごろごろしやがって、邪魔だ」 私は、道の真ん中に寝そべっている。 怒鳴り声は、辛辣なものだった。 それは明らかに、私を指したものだ。 ただいくら辛辣な怒鳴り声でも、それが自分の発したものであれば、…

『自己発見講座』

心理学の知見に基づく「自己発見講座」を受講することにした。 私は、自分のことが時々わからなくなってしまう。 そんな折だった。 件の講座が開かれることを知ったのだ。 地元に基盤を置くNPO団体の主催によるものだという。 私はその団体に電話をかけて、…

『定期的なすき焼きの気分』 

不思議と、定期的に「すき焼き」が食べたくなる。 すき焼き。 美味しい牛肉を、豆腐、白菜、シイタケ、白ネギ等の具材と共に醤油、みりん、砂糖から成る割り下で味付けしながら。 鍋の上で煮たり焼いたりして食べる日本料理である。 その過程でかかるガス代…

『カタコンベ、二人の法事』

茂吉(もきち)は、右手に燭台を掲げて目の前を照らしながら。 暗い地下通路の中を歩いている。 そこには、ひんやりと冷たい空気が充満している。 彼の背中に寄り添うようについて歩く、フェデリカ。 両手を組んで体の前に垂らしているフェデリカ、その手の…

『クリスマスイヴを前に、企む』

無人島での生活。 乗っていた客船が難破して、流れ着いた。 それ以来、この島で助けを待ちながら暮らしている。 それも、もう長い。 数年に渡っている。 いつでも、生活用品など、物に不自由している。 生きていくのがやっとで、季節の移り変わりには無頓着…

『サンタ女性との一夜』

私は怒鳴り声をあげている。 「おい、酒だ!酒がないぞ!どうして買っておかねえんだ!」 目を吊り上げて、怒鳴る。 しかしこれで私も、俺はどうしようもないのんだくれおやじだ、と自分でもわかっている。 「おい、聞いてるのかよ。酒だよ!」 返事をしてく…

『穏やかな午睡を取りたい』

午睡を取る。 ぐうぐうぐう。 昼日中から。 午睡を取っている。 世間体を気にする神経があれば、できない芸当だ。 「見てお母さん、あのおじさん寝てるよ」 「しっ、起こしちゃうでしょ」 私は眠りが浅いので、道行く人々の後ろ指さす声も聞こえてしまう。 …

『魑魅魍魎の星、天ぷらを揚げる店主』

いつの頃からか、時間の感覚がなくなっている。 異次元に住む宿命である。 それなので、どのタイミングで仕込みを始めればいいのか、見切りが難しい。 それでも客が来る予感さえあれば、彼は仕事を始めるのだ。 各種のタネを衣にからめる。 鍋の中の熱した油…

『うどん泥棒への嫌がらせ』

今日は何もいいことがなかった。 うどんでもすすって、早めに寝よう。 そう思って家の冷蔵庫をのぞいたのだが、うどんがなかった。 今朝までは、確かにうどんが三玉、そこにあったのだ。 そんな馬鹿な、と思った。 私が買って入れておいたのである。 私が食…

『盛られた話、鰯の女性』

世間では「盛る」、と言って。 ある出来事について、実際よりも大きくふくらまして話す人がいるらしい。 私はファーストフード店の店内にいる。 テーブル席にいる。 脂っこいハンバーガーとフライドポテトに飢えてここに来た。 ポテトをちまちま一本づつ紙容…

『パンなどいらない、ワインのみをくれ』

駄目だ。 水を飲んでも飲んでも。 酔うことはできない。 水道水にはアルコール分が入っていないのだから、当然だ。 酔いたい気分の私の手元に酒がない。 どこかに、アルコール分の入った水が出てくる蛇口はないものか。 そう思い私は、アルコール分欲しさで…

『旅先のご当地戦国武将。私の妄想』

昼食をとろうと思ったのに、変な店ばかりだ。 外出先、とある街の駅前。 駅前のロータリーを取り囲むように、飲食店が何軒か並んで立っている。 しかしここが、変な店ばかりなのだ。 「タイ式精進料理店」だの「ダイエット食品レストラン」だの「野草粥専門…

『乗り慣れないUFOに、私は乗ります』

UFO搭乗に至るまでの経緯について。 それについて説明を求めるのは、この場ではご遠慮願えますでしょうか。 私は、話したくないのです。 話すことには労力がいるし、なにより話した私にも聞いた貴方がたにも、災難が及びますので。 その災難とは、命の危険を…

『トランプ狂騒の夜、海のこちらで』

トランプトランプ、うるせえ! と、テレビの電源を消しながら、俺は毒づいている。 さっきテレビをつけたら、誰も彼も「トランプトランプ!」とうるさかったのだ。 チャンネルを変えても、トランプトランプ。 どこでも、欧米人の太った中年男が画面に現れ、…

『ムグァグァム島は、親日国!』

空港と言えば聞こえはいいが、広い原っぱの横に粗末なバラック小屋が立っているだけだ。 バラック小屋の壁面には窓が設けてあり、中から人の顔がのぞいている。 小さな平屋の建物だが、あれが空港であり、管制塔代わりでもあるのだろう。 私はバックパックを…

『暴走バス、僕の孤独な戦い』

中に入ったときから、変なバスだな、とは思っていた。 旅先で乗った、路線バス。 車体の後部から乗り込むのだが、中に入るとまず、運転席が車体の後部にあるのが見える。 ちょうど、列車の車掌室のようだ。 大きなハンドルと座席、各種ペダル、シフトレバー…

『陣中、禅寺での美味しい食事』

私は主君と共に、ある禅宗の寺に滞在することになった。 戦の最中である。 軍勢を率いて、我々は隣国の領土に攻め込んだ。 そして我が国との境界近くにある隣国側の寺に、陣を敷いたのだ。 この寺は、平安の昔より続く古刹である。 もとは小さな寺であったの…

『私と竹林の守護』

最近、日本的な場所に飢えていた。 日本的、にもいろいろあるが、京都の嵯峨野のような場所を私は求めている。 美しい竹林の間に立って、竹の香りを吸い込みたかった。 そんなわけで、時間があれば、近所の竹林に出かけている。 もともと住んでいるのが山間…

『「僕の考えたゾンビゲー」をひたすら脳内で遊ぶ孤独』

近頃のテレビゲームはなっとらん!と口に出すのは、はばかられる。 しかし実際、近頃のゲームになかなか食指が動かないのだ。 新作ゲームの紹介動画を見ても、私のやりたいのはそういうのじゃないんだけどなあ…とため息ばかりが出る。 私にはやりたいゲーム…

『運悪く、虎』

市場で買ったリンゴをかじりながら、歩道を歩いている。 突然、急なことが起こった。 右足に、激痛。 私は路上に転んだ。 「いててて…」 激痛は、収まらない。 数分間、私は路上にうつ伏せになったまま、もがき続けた。 痛みが治まったので、立ち上がった。 …

『頭に乗る大坂侍』

こんな水のような酒を銘酒だなどと称して、この土地はどうしようもない。 そう思いながら、与助(よすけ)は猪口を口に運んでいる。 どうしようもない土地だ。 藩主から直々に命じられ、北九州の太宰府に派遣されていた与助である。 任期を終えて、今は国許…

『廃棄物の山、新人の戦い』

案内された場所は、産業廃棄物を積んでつくられた、山の傾斜の途中にあった。 「ほら、ここがおたくの持ち場だから」 私を案内してきたチーフは、投げやりに手を振った。 適当にその辺りに居場所を見つけろ、ということらしい。 チーフは私と同年輩のようだ…

『有能な人物』

一面の芝生が広がっている。 午後の運動公園である。 ジュースを買いに、自販機に向かう。 芝生の上を歩いていく。 行く先に、ごろごろと寝転がっている人たちがいた。 半端でない数の、横になる人々だ。 芝生を埋め尽くさんばかりだ。 老若男女、分け隔てな…