短編小説

『エイのような女たち』

瀬戸内海沿いの、ある地方都市に来ている。 古くから港町として栄えた場所である。 目の前の海に住む魚の種類は多い。 それらを集めた大きな水族館が海沿いに立っていた。 私は、その水族館の中にいる。 館内の展示の目玉、巨大水槽の前に立った。 十種類を…

『旅の間は、旅で頭がいっぱいだ』

お金があるときは忙しくて旅に出られないし。 忙しくないときにはお金がないし…。 どちらのときにも、旅には出たい。 旅と読書が大好きだ。 旅も読書も、それらに励む間は、他のことを忘れていられるからだ。 旅好きな読書家の男が、職場でぼんやりしている…

『星の彼方、貴方と私のラーメン』

「あれっ」 ミコは顔を上げた。 周囲を見回した。 おかしい。 今、確かに感じたのだ。 しかし自分を取り巻く環境を再確認して、ため息をついた。 ありえないのである。 「あれっ」 ミコは、再び顔を上げた。 まただ。 おかしい、が、確かに感じた。 無駄とは…

『聞く耳を持たない末裔たち』

雪で閉ざされた山間部で発見された、原初の人類。 通称、オリジナル。 彼は、全人類の先祖にあたる人間である。 山腹の岩屋で発見されたとき、彼は草で編んだ質素な衣をまとい、キノコのスープをすすっていた。 取材に来たテレビ局の人間に捕まり、ヘリコプ…

『ぶりぶりと夜通しうるさい者』

ぶりぶりぶりぶり、夜通し言っているのだ。 「うるせえんだよ、ぶりぶりぶりぶり」 横になっていた長太(ちょうた)は叫んで、掛け布団を跳ねのけた。 外でうるさい。 ぶりぶり、ぶりぶり。 それは単車の排気音なのだ。 このところ、毎日である。 夜が更けて…

『拾い食いする男の子』

学校帰りの茂介(もすけ)は、視線を落とした。 路上に、ショートケーキが落ちている。 型崩れしているが、上の方に乗ったクリームは汚れてもおらず、無事である。 大きな赤いイチゴも乗っている。 美味しそうだ。 茂介は、周囲を見回した。 現場は、昼下が…

『原因を求めて。ヌニノコ祭』

街中に、えらく外国人が多い。 「何?何が起こったの?」 街中を歩きながらミコは、混乱している。 繁華街から住宅地にいたるまで、そこかしこに外国人の姿。 アジア系、欧米系、アラブ系、と多種多様な外見の人たちであふれている。 中には歩きながらスーツ…

『ラーメン店で雇用をつくる』

毅(たけし)は、小さなラーメン店を経営している。 最近、営業時間外に彼の店の軒先で夜を過ごす、ホームレスの男性の存在を知った。 店舗の近隣に住む常連客から知らされた。 夜間、毅の店の軒下に、ホームレス男性が陣取って寝ているらしい。 そのときは…

『狭い公園で、にんにく』

すれ違いざま、何気なく、相手の顔を見上げた。 若い男だった。 義雄(よしお)の顔を見返しながら、こちらに白い歯も露わに、笑顔を見せている。 誰だ、と義雄は思った。 男性は笑顔のまま、どうも、と喉の奥で声をあげる。 何か、親しげな笑顔をこちらに向…

『戦わずに追い詰められる、熊殺し』

こそこそと、人の目を盗んで、それを飲んでいる。 持参したシェイカー容器に入れておいた、プロテインの粉。 そこに、購入したコーラを注いで混ぜ、飲んでいるのだ。 「おい、ばれたら追い出されるぞっ」 混ざりきらないプロテインとコーラを飲み下している…

『誠意のある人事担当者と私』

圧迫面接の類に出くわしたら、席を立つぐらいのことはしてやろうと思っていたのだ。 面接に落ち続けて、内心、疲れてきている。 このうえ、圧迫面接をしのいで職を得るだけの熱意はなくなっていた。 圧迫面接の、その先を私は考えるのだ。 圧迫面接をしかけ…

『通勤電車内に立つ、か細い女性』

朝からその女性の、顔色の悪さが妙に私の心をとらえた。 頬のこけた、か細い体格の女性だった。 いったいどうしたのだろう、と私は思う。 私はいつも通り、朝から通勤の電車に乗って。 座席を確保している。 そうやって座っているからこそ、他人の顔つきを鑑…

『説教を受ける素浪人』

年老いた禅僧が、私の顔をのぞき込んでいる。 彼は徳のある僧に見えるが、共も連れずに一人で旅しているのだ。 「世が世なら、貴殿はすでに野垂れ死んでおるぞ」 その禅僧は、私を嘲笑する様子で諭すのだった。 旅の途中に立ち寄った峠の茶店の座敷の上で。 …

『動画の海。外国で根強い趣味』

パソコンに向かい、動画サイトで面白そうな動画を物色していたら、外国の大食い動画を見つけた。 画面に映っているのは、若い男性だ。 テーブルの上に、各種の料理が盛られたいくつもの皿が並んでいる。 その向こうから体の正面をこちらに向け、男性はカメラ…

『バス停の雨宿り』

旅先の午後である。 自然の豊かな地域の道路沿いを、義雄(よしお)は歩いていた。 急に空模様が怪しくなった。 と思うが早いか、激しい雨が降り始めた。 頭と肩に、冷たい雨が落ちてくる。 義雄は慌てて走った。 雷まで鳴っている。 義雄は、雷は苦手である…

『水田の女性と案山子』

義雄(よしお)は水田の合間を通る細道を、とぼとぼ歩いている。 ところが近くで大きなわめき声を耳にした。 反射的に身を屈めて、盛り上がった垣の陰に隠れた。 「あなたを殺して私も死にます」 水田の泥の中に踏み込んでいる女性がいる。 足先を泥に浸して…

『失くした傘の行方』

どこかに、傘を置き忘れてきたらしい。 しかし大事に使っていたものなので、自分がうっかり忘れてきたというのが信じられなかった。 もしかしたら、置き引きにあったのかもしれない。 それで然るべき窓口に言って、傘を失くしたと伝えたら、小船に乗せられた…

『専門技術とラーメン』

「おいっ休むんじゃねえよ」 監督が怒鳴っている。 鞭をぴしりぴしりと地面に叩きつけて鳴らす。 堂に入っている。 「すみません」 私は謝った。 巨石を背負って、通路をよろよろと進んでいたのだ。 巨石の重さは200キロはくだらない。 そんなものを頑張って…

『奴に餌を与えないでください』

展望台の下は崖である。 胸の高さまである柵ぎりぎりまで近づいた。 ミコは上体を乗り出して、下をのぞいた。 誰かの頭頂部が崖下数メートルのところにあった。 巨大な頭頂部だ。 巨人が崖下にいるのだった。 「ひっ」 思わず声をあげてしまった。 ミコの声…

『独りよがりな解釈』

「よくわかりもしないでいろいろ言ってくるの、やめてもらえませんかね」 懇意にしていた後輩が、居酒屋のテーブル席で雑談中に、突然居住まいを正して言うのだった。 私は目を丸くして相手を見た。 「えっ…」 「よくわかりもしないでいろいろ言ってくるの、…

『旧国道沿いでいただく稀な昼食』

おなかが減って倒れそうになりながら、長太(ちょうた)は歩いている。 旧国道沿いの歩道を歩いている。 午前中からの用事が長引き、自由になったのは午後2時半をまわった頃だった。 それから30分ばかりも歩き続けている。 食事ができる店がない。 旧国道沿…

『ファミレスでもがく、辞書は重くて巨大でわからない』

真理(まり)は放課後、馴染みのファミリーレストランのテーブル席にいて、爪を噛んでいる。 テーブルの上には来店時に注文したドリンクバー用のグラスと、勉強道具一式が乗っている。 勉強道具の中に、紙製の巨大な英語辞書の姿もある。 真理は高校生である…

『割り切れない罵声』

考えごとをしながら歩いていると、ろくなことにならない。 「あああっ」 考えごとをしながら歩いていた菊江(きくえ)は、目前に迫った電柱にぶつかりそうになった。 とっさにかわしたが、片手に持っている中身のふくれたビニール袋が、電柱にぶつかった。 …

『若者は運動公園でゾンビと化した』

宅配ピザの配達員として生計を立てている、隼人(はやと)という青年がここにいる。 彼の裏の顔は、ゾンビである。 ゾンビというのは、生ける屍のことである。 ゾンビの起源には諸説あるが、一般的には外国映画のいちジャンルとして、その存在が広まった感が…

『最安値のガラケーを罵る』

本当に使いにくいガラケーだな、と思いながら自分の手の中の携帯電話をにらんだ。 アパートの自室で、義雄(よしお)は畳の上にあぐらをかいている。 携帯電話には必要最低限の機能さえあればいい、というのが義雄の考えなのだ。 そう思い、携帯電話店で最安…

『揚げパンの好きな魔女』

山間にある街の近くに崖があって、崖下に深い森が広がっています。 森の奥には小屋が建っています。 魔女の小屋です。 魔女は森に生える薬草、きのこ、粘菌の類から薬をつくり、生計を立てています。 そんな彼女ですが、好きな食べ物は揚げパンです。 それな…

『水だけを飲む生活』

もう何年も水しか飲んでいないので、かえって水以外のものを体が受け付けなくなっている。 仕事上の付き合いで出席した夜の会食から帰宅するなり、トイレに駆け込んで口にしたものを全て吐き出した。 食べたものを胃に収めている間、ずっと苦しかった。 やは…

『チョコチップクッキーの投げ手』

空を切る音を確かに聞いた。 何か固い物体が、今日子(きょうこ)の右の頬に当たった。 「ひっ」 痛い。 今日子はのけぞった。 彼女の頬に当たったものはそのまま地面に落ちて、乾いた音をたてる。 路上で砕けていた。 クッキーか何か、菓子の破片が散らばっ…

『自室でゾンビ化、とがめる人もなく』

とうとう俺もゾンビになってみよう、と隼人(はやと)は思った。 と言うのもつい最近、彼はゾンビの街に行く機会があったのだ。 彼は宅配ピザの配達の仕事をしている。 依頼があって、ピザを届けにゾンビの街に出向いた。 そこで彼は、屋外にあふれて、ゾン…

『子供たちがトマトを無駄にする』

川向こうからトマトが飛んでくる。 熟した柔らかいトマトだ。 それはジュゼッペの足元近くに落ち、景気よく路面に四散した。 赤い痕跡を残す。 ジュゼッペが履いているジーンズにも破片が及び、トマト汚れができる。 「やめろ」 彼は川向こうに怒鳴った。 さ…