短編小説

『「僕の考えたゾンビゲー」をひたすら脳内で遊ぶ孤独』

近頃のテレビゲームはなっとらん!と口に出すのは、はばかられる。 しかし実際、近頃のゲームになかなか食指が動かないのだ。 新作ゲームの紹介動画を見ても、私のやりたいのはそういうのじゃないんだけどなあ…とため息ばかりが出る。 私にはやりたいゲーム…

『運悪く、虎』

市場で買ったリンゴをかじりながら、歩道を歩いている。 突然、急なことが起こった。 右足に、激痛。 私は路上に転んだ。 「いててて…」 激痛は、収まらない。 数分間、私は路上にうつ伏せになったまま、もがき続けた。 痛みが治まったので、立ち上がった。 …

『頭に乗る大坂侍』

こんな水のような酒を銘酒だなどと称して、この土地はどうしようもない。 そう思いながら、与助(よすけ)は猪口を口に運んでいる。 どうしようもない土地だ。 藩主から直々に命じられ、北九州の太宰府に派遣されていた与助である。 任期を終えて、今は国許…

『廃棄物の山、新人の戦い』

案内された場所は、産業廃棄物を積んでつくられた、山の傾斜の途中にあった。 「ほら、ここがおたくの持ち場だから」 私を案内してきたチーフは、投げやりに手を振った。 適当にその辺りに居場所を見つけろ、ということらしい。 チーフは私と同年輩のようだ…

『有能な人物』

一面の芝生が広がっている。 午後の運動公園である。 ジュースを買いに、自販機に向かう。 芝生の上を歩いていく。 行く先に、ごろごろと寝転がっている人たちがいた。 半端でない数の、横になる人々だ。 芝生を埋め尽くさんばかりだ。 老若男女、分け隔てな…

『エイのような女たち』

瀬戸内海沿いの、ある地方都市に来ている。 古くから港町として栄えた場所である。 目の前の海に住む魚の種類は多い。 それらを集めた大きな水族館が海沿いに立っていた。 私は、その水族館の中にいる。 館内の展示の目玉、巨大水槽の前に立った。 十種類を…

『旅の間は、旅で頭がいっぱいだ』

お金があるときは忙しくて旅に出られないし。 忙しくないときにはお金がないし…。 どちらのときにも、旅には出たい。 旅と読書が大好きだ。 旅も読書も、それらに励む間は、他のことを忘れていられるからだ。 旅好きな読書家の男が、職場でぼんやりしている…

『星の彼方、貴方と私のラーメン』

「あれっ」 ミコは顔を上げた。 周囲を見回した。 おかしい。 今、確かに感じたのだ。 しかし自分を取り巻く環境を再確認して、ため息をついた。 ありえないのである。 「あれっ」 ミコは、再び顔を上げた。 まただ。 おかしい、が、確かに感じた。 無駄とは…

『聞く耳を持たない末裔たち』

雪で閉ざされた山間部で発見された、原初の人類。 通称、オリジナル。 彼は、全人類の先祖にあたる人間である。 山腹の岩屋で発見されたとき、彼は草で編んだ質素な衣をまとい、キノコのスープをすすっていた。 取材に来たテレビ局の人間に捕まり、ヘリコプ…

『ぶりぶりと夜通しうるさい者』

ぶりぶりぶりぶり、夜通し言っているのだ。 「うるせえんだよ、ぶりぶりぶりぶり」 横になっていた長太(ちょうた)は叫んで、掛け布団を跳ねのけた。 外でうるさい。 ぶりぶり、ぶりぶり。 それは単車の排気音なのだ。 このところ、毎日である。 夜が更けて…

『拾い食いする男の子』

学校帰りの茂介(もすけ)は、視線を落とした。 路上に、ショートケーキが落ちている。 型崩れしているが、上の方に乗ったクリームは汚れてもおらず、無事である。 大きな赤いイチゴも乗っている。 美味しそうだ。 茂介は、周囲を見回した。 現場は、昼下が…

『原因を求めて。ヌニノコ祭』

街中に、えらく外国人が多い。 「何?何が起こったの?」 街中を歩きながらミコは、混乱している。 繁華街から住宅地にいたるまで、そこかしこに外国人の姿。 アジア系、欧米系、アラブ系、と多種多様な外見の人たちであふれている。 中には歩きながらスーツ…

『ラーメン店で雇用をつくる』

毅(たけし)は、小さなラーメン店を経営している。 最近、営業時間外に彼の店の軒先で夜を過ごす、ホームレスの男性の存在を知った。 店舗の近隣に住む常連客から知らされた。 夜間、毅の店の軒下に、ホームレス男性が陣取って寝ているらしい。 そのときは…

『狭い公園で、にんにく』

すれ違いざま、何気なく、相手の顔を見上げた。 若い男だった。 義雄(よしお)の顔を見返しながら、こちらに白い歯も露わに、笑顔を見せている。 誰だ、と義雄は思った。 男性は笑顔のまま、どうも、と喉の奥で声をあげる。 何か、親しげな笑顔をこちらに向…

『戦わずに追い詰められる、熊殺し』

こそこそと、人の目を盗んで、それを飲んでいる。 持参したシェイカー容器に入れておいた、プロテインの粉。 そこに、購入したコーラを注いで混ぜ、飲んでいるのだ。 「おい、ばれたら追い出されるぞっ」 混ざりきらないプロテインとコーラを飲み下している…

『誠意のある人事担当者と私』

圧迫面接の類に出くわしたら、席を立つぐらいのことはしてやろうと思っていたのだ。 面接に落ち続けて、内心、疲れてきている。 このうえ、圧迫面接をしのいで職を得るだけの熱意はなくなっていた。 圧迫面接の、その先を私は考えるのだ。 圧迫面接をしかけ…

『通勤電車内に立つ、か細い女性』

朝からその女性の、顔色の悪さが妙に私の心をとらえた。 頬のこけた、か細い体格の女性だった。 いったいどうしたのだろう、と私は思う。 私はいつも通り、朝から通勤の電車に乗って。 座席を確保している。 そうやって座っているからこそ、他人の顔つきを鑑…

『説教を受ける素浪人』

年老いた禅僧が、私の顔をのぞき込んでいる。 彼は徳のある僧に見えるが、共も連れずに一人で旅しているのだ。 「世が世なら、貴殿はすでに野垂れ死んでおるぞ」 その禅僧は、私を嘲笑する様子で諭すのだった。 旅の途中に立ち寄った峠の茶店の座敷の上で。 …

『動画の海。外国で根強い趣味』

パソコンに向かい、動画サイトで面白そうな動画を物色していたら、外国の大食い動画を見つけた。 画面に映っているのは、若い男性だ。 テーブルの上に、各種の料理が盛られたいくつもの皿が並んでいる。 その向こうから体の正面をこちらに向け、男性はカメラ…

『バス停の雨宿り』

旅先の午後である。 自然の豊かな地域の道路沿いを、義雄(よしお)は歩いていた。 急に空模様が怪しくなった。 と思うが早いか、激しい雨が降り始めた。 頭と肩に、冷たい雨が落ちてくる。 義雄は慌てて走った。 雷まで鳴っている。 義雄は、雷は苦手である…

『水田の女性と案山子』

義雄(よしお)は水田の合間を通る細道を、とぼとぼ歩いている。 ところが近くで大きなわめき声を耳にした。 反射的に身を屈めて、盛り上がった垣の陰に隠れた。 「あなたを殺して私も死にます」 水田の泥の中に踏み込んでいる女性がいる。 足先を泥に浸して…

『失くした傘の行方』

どこかに、傘を置き忘れてきたらしい。 しかし大事に使っていたものなので、自分がうっかり忘れてきたというのが信じられなかった。 もしかしたら、置き引きにあったのかもしれない。 それで然るべき窓口に言って、傘を失くしたと伝えたら、小船に乗せられた…

『専門技術とラーメン』

「おいっ休むんじゃねえよ」 監督が怒鳴っている。 鞭をぴしりぴしりと地面に叩きつけて鳴らす。 堂に入っている。 「すみません」 私は謝った。 巨石を背負って、通路をよろよろと進んでいたのだ。 巨石の重さは200キロはくだらない。 そんなものを頑張って…

『奴に餌を与えないでください』

展望台の下は崖である。 胸の高さまである柵ぎりぎりまで近づいた。 ミコは上体を乗り出して、下をのぞいた。 誰かの頭頂部が崖下数メートルのところにあった。 巨大な頭頂部だ。 巨人が崖下にいるのだった。 「ひっ」 思わず声をあげてしまった。 ミコの声…

『独りよがりな解釈』

「よくわかりもしないでいろいろ言ってくるの、やめてもらえませんかね」 懇意にしていた後輩が、居酒屋のテーブル席で雑談中に、突然居住まいを正して言うのだった。 私は目を丸くして相手を見た。 「えっ…」 「よくわかりもしないでいろいろ言ってくるの、…

『旧国道沿いでいただく稀な昼食』

おなかが減って倒れそうになりながら、長太(ちょうた)は歩いている。 旧国道沿いの歩道を歩いている。 午前中からの用事が長引き、自由になったのは午後2時半をまわった頃だった。 それから30分ばかりも歩き続けている。 食事ができる店がない。 旧国道沿…

『ファミレスでもがく、辞書は重くて巨大でわからない』

真理(まり)は放課後、馴染みのファミリーレストランのテーブル席にいて、爪を噛んでいる。 テーブルの上には来店時に注文したドリンクバー用のグラスと、勉強道具一式が乗っている。 勉強道具の中に、紙製の巨大な英語辞書の姿もある。 真理は高校生である…

『割り切れない罵声』

考えごとをしながら歩いていると、ろくなことにならない。 「あああっ」 考えごとをしながら歩いていた菊江(きくえ)は、目前に迫った電柱にぶつかりそうになった。 とっさにかわしたが、片手に持っている中身のふくれたビニール袋が、電柱にぶつかった。 …

『若者は運動公園でゾンビと化した』

宅配ピザの配達員として生計を立てている、隼人(はやと)という青年がここにいる。 彼の裏の顔は、ゾンビである。 ゾンビというのは、生ける屍のことである。 ゾンビの起源には諸説あるが、一般的には外国映画のいちジャンルとして、その存在が広まった感が…

『最安値のガラケーを罵る』

本当に使いにくいガラケーだな、と思いながら自分の手の中の携帯電話をにらんだ。 アパートの自室で、義雄(よしお)は畳の上にあぐらをかいている。 携帯電話には必要最低限の機能さえあればいい、というのが義雄の考えなのだ。 そう思い、携帯電話店で最安…