連載小説

『瞬殺猿姫(44) 猿姫の偶像、文を読む三郎』

白子港の、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)が寝泊りする掘っ立て小屋に、猿姫(さるひめ)からの文が届いたのは、一行が離散して半年余りも後のことであった。 「織田のうつけに、文が来ておった」 蔵の後始末を終えた親方が、手に文を持って小屋の戸…

『手間のかかる長旅(102) 路線バスの中で待つ』

停留所に来た目的の路線バスに、時子(ときこ)たちは乗り込んだ。 この駅前の停留所が始発で、如意輪寺方面に向かうのだ。 時子たち一行の他にもバスを待っている乗客は何人かあった。 中高年の女性ばかりだ。 スーパーの袋に榊、仏花などを入れて携えてい…

『瞬殺猿姫(43) 泥鰌を捕る猿姫、三郎の涙』

猿姫は、棒を器用に操った。 「やっ」 水田の中から、棒先で泥ごと跳ね上げられて、泥鰌(どじょう)が宙に飛んだ。 「えいっ」 と勢いをつけて、猿姫は体を躍らせ、腰に結わえたびくで落ちてきた泥鰌を受ける。 宙を舞った後、泥鰌はびくの中に収まる。 泥…

『手間のかかる長旅(101) おおらかになだめる時子』

時子(ときこ)たちは、駅前のバスターミナルにあるバス停で、バスを待っている。 土曜日の午前中である。 先日アリスと二人でアルバイトの面接に出向いた帰り、如意輪寺(にょいりんじ)という寺に寄った。 その帰り、友人たち皆で再び如意輪寺に来ることを…

『瞬殺猿姫(42) 食いつめる猿姫たち』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、平気な顔で立っている。 猿姫は、おそるおそる彼の顔を見上げた。 「三郎殿」 「なんでござる」 三郎は何気なく振り返った。 彼に伝えるのが心苦しい。 猿姫は、唾液を飲み込む。 「実は…」 「なんでござる」 「あ…

『瞬殺猿姫(41) 猿姫、行き先を思案する』

猿姫(さるひめ)は、心の疲れを押して祠に戻った。 「猿姫殿っ」 観音扉の戸を開けるなり、歓声を耳にする。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)の声である。 「お帰りが遅かったので、拙者心配しておりました」 祠内部の薄暗い中に、猿姫を迎える三郎の…

『手間のかかる長旅(100) 次のお参りを考える』

時子(ときこ)はアリスと二人、如意輪寺の本堂を後にした。 帰る時間だ。 冷たい風の吹いている、境内に出る。 時子は、身じろぎした。 山門の方に向かう。 「お坊さん、会えなかったね」 時子はアリスの方を振り返った。 当寺にはアリスの知り合いの僧侶が…

『瞬殺猿姫(40) 一子といる竹薮、消耗する猿姫』

竹薮の中で猿姫(さるひめ)は、忍びの女である一子(かずこ)と対峙している。 一子は猿姫の心を迷わせる言葉をかけてきた。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)たちと同道することが、いかに猿姫のためにならないか。 語りかけて、彼女に忍びになるよう…

『手間のかかる長旅(099) お寺泊の余地』

時子(ときこ)は座ったまま不安な面持ちで、横に座るアリスを眺めている。 アリスは上の空で、目の前の本尊に視線を向けていた。 彼女は少し前に、この本堂に泊まりたいと漏らした。 時子には寝耳に水の話だ。 面接の帰りに、時子はちょっとした寄り道のつ…

『瞬殺猿姫(39) 猿姫を迷わせる一子の言葉』

棒の切っ先を、いつでも相手の喉元に突き立てられるように。 猿姫(さるひめ)は、棒を構えて腰に引きつけている。 目の前に立つのは、忍びの女、一子(かずこ)。 月明かりの下に、素顔を晒している。 「貴様と取引することなどない」 答えながら、ひと息に…

『手間のかかる長旅(098) 本堂で過ごす』

絨毯の敷かれた床の上に、時子(ときこ)とアリスは座り込んだ。 目の前には本尊の威容がある。 二人で、この本尊を眺めている。 如意輪寺の本堂の中は、天井にランプ照明が灯っているばかりで薄暗く、静かだった。 外では境内を吹く風の音がしている。 しば…

『手間のかかる長旅(097) 本尊を鑑賞する』

如意輪寺の境内にいる、時子(ときこ)とアリス。 夕暮れどきの寒さの中で、二人はお寺の建物に入ることにした。 たとえ寒くても、もうさっさと帰ろう、という気は二人にはなかった。 先ほど、食品工場での面接で即日採用を告げられたばかりで、気持ちが高ぶ…

『瞬殺猿姫(38) 猿姫たちは抜け穴の先、三の丸へ』

一行の主である、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。 彼は、しきりにうなずいていた。 「下総守殿が仰せられる通り。国の強さとは、民の強さ。我ら武家は、あくまで民を陰ながら主導する者であるべきでござる」 先の、神戸下総守利盛(かんべしもうさの…

『手間のかかる長旅(096) 境内で、寂しさの募る二人』

面接を終えた後の、リクルートスーツ姿のまま。 時子(ときこ)とアリスの二人は、その寺の山門の前に立った。 森の中の広い敷地を、土塀が囲んでいる。 その土塀の最中に、古くて大きな山門があった。 年季が入った木造の建築である。 その山門には「如意輪…

『手間のかかる長旅(095) 山間の寺に向かう二人』

念のため、工場最寄りのバス停で時刻表を確認したが、帰りのバスは遅くまである。 もう夕暮れ時だが、例の寺に行ってしまおう。 時子(ときこ)とアリスは、そう語り合った。 例の寺。 それは以前、アリスがテレビ番組の仕事でロケをした寺である。 今二人が…

『手間のかかる長旅(094) 面接で消耗した時子』

時子(ときこ)とアリスは、二人でバス停に立っている。 面接を終えて、時子は放心状態だった。 「大丈夫?」 アリスが気遣ってくれる。 だが、当の時子はうなずくのがやっとだ。 余裕で面接を潜り抜けたアリスには、わからない気持ちだろう。 本当に、辛か…

『手間のかかる長旅(093) 二人で流れに乗る面接』

食品工場内のオフィスにある、応接室である。 突然入口の扉が開いて、辛抱強く待つ時子(ときこ)とアリスを驚かせた。 ソファから腰を上げるアリス。 彼女に習い、時子も半ば反射的に立ち上がった。 応接室の中に、三人の人物が入ってきた。 いずれも、男性…

『手間のかかる長旅(092) 事務所に入り込んだ二人』

時子(ときこ)は不安な気持ちでいる。 工場の建物に入り、玄関口で履物を脱いだ。 スリッパに履き替えて、アリスと二人、階段を登る。 面接会場である事務所は、建物二階にあるようなのだ。 二階に来た。 事務所入口前に、「入室前にアルコール消毒してくだ…

『手間のかかる長旅(091) 二人で郊外の工場に向かう』

職業安定所で見つけた食品工場の求人に即日応募して、その翌日。 時子(ときこ)とアリスは、バスの車内で座っている。 二人とも、普段着慣れないスーツ姿で身を固めていた。 バスは郊外に向かっていた。 郊外には工場地帯があって、そこに件の食品工場もあ…

『瞬殺猿姫(37) 猿姫たちと脱出する神戸下総守』

猿姫(さるひめ)たち一行は、神戸城本丸の御殿から脱出した。 城主である神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)を連れている。 彼を守るように、先頭に猿姫と織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。 殿に蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)が立…

『手間のかかる長旅(090) アリスの見つけた求人』

昼時、職業安定所から出て、時子(ときこ)はアリスと連れ立って歩いた。 結局、応募したいと思える求人には出会えなかった。 「明日も来ようね」 落ち込んでいる時子に、アリスは横から静かに言った。 彼女も、これと言った求人は見つからなかったらしい。 …

『手間のかかる長旅(089) こまめな助言のアリス』

アリスの笑みを、時子(ときこ)は絶望的な気持ちで見返した。 「たぶんそんな仕事は最初からないよ」 自分にできそうな仕事なんて、思い浮かばない。 時子の表情を見て、アリスは頬をふくらませた。 「何を言う。何かしらある」 「ないと思う」 「あるよ。…

『瞬殺猿姫(36) 神戸城での最後のお茶、いただく猿姫たち』

髭面の蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は、表情を曇らせた。 「今まで慣れでお主のことをうつけとは呼んでいたが…本当にうつけだったとは」 織田三郎信長(おささぶろうのぶなが)を見据えがら、阿波守はうめいている。 神戸城の二の丸。 西から攻めてき…

『瞬殺猿姫(35) 二重櫓を脱する、猿姫の胸の内』

急がないと、と猿姫(さるひめ)は思った。 いまだ織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は格子窓に食いついて、外で繰り広げられる戦に見入っている。 傍らでは、すでに蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)が窓から離れ、身支度を整えていた。 先に城主神戸…

『手間のかかる長旅(088) 職業安定所に突入したアリスと時子』

お寺で、アリスは僧侶に「宗論」を仕掛けたらしい。 時子(ときこ)には宗論が何かはよくわからない。 だが、その響きは何か物騒なものを感じさせる。 テレビ番組の企画で、アリスは、お寺に宗論を仕掛けるように仕向けられた。 アリスにとっては、その経験…

『瞬殺猿姫(34) ぐうの音も出ない猿姫と三郎』

肩を並べて格子窓から外をのぞきながら、三人は戦慄している。 猿姫(さるひめ)。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。 蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)。 伊勢の神戸城、二の丸の西の隅に立つ、二重櫓の二階である。 窓の外には、血生臭い光景が広…

『手間のかかる長旅(087) 話題を探す、無趣味な時子』

アリスと二人で歩きながら、時子(ときこ)は話題を探している。 アリスは「タレントの仕事は頓挫した」と語った。 ついこの間まで、彼女はそのタレントの仕事で生計を立てていたはずだと時子は思う。 えらく急な話だった。 そうした個人的な話を掘り下げる…

『手間のかかる長旅(086) アリスと二人で待ち合わせる時子』

時子(ときこ)は、もやもやと不明瞭な夢を見た。 いつもは鮮明な夢を見ることの多い時子だ。 昨夜の夢は不明瞭で、ただ悪夢でなかったことだけが幸いだった。 ここ最近、悪夢に悩まされる夜が多いからだ。 目覚まし時計のアラームに起こされて、時子は掛け…

『瞬殺猿姫(33) 猿姫たちは窓からのぞく』

神戸城の二重櫓の二階。 砂が落ちてざらざらした床板の上に腰を降ろして、猿姫(さるひめ)は物憂げな顔だった。 彼女の傍らに同じく織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)があぐらをかいている。 三郎は座ったまま、頭を垂れていた。 居眠りしている。 彼の…

『手間のかかる長旅(085) 支えられ、帰路につく時子』

時子(ときこ)はテーブルの上に潰れて、酔いが醒めるのを待っている。 苦しい。 彼女がそうしている間にも、向かいの席でアリスはさらなるおかわりを頼んでいる。 アリスへのおかわりを届ける際、女性従業員は同時に湯飲み茶碗に入れた緑茶を持ってきてくれ…