連載小説

『手間のかかる長旅(084) アリスに脅され、優しい町子』

アリスのグラスを強奪してバーボンをあおった時子(ときこ)である。 今やテーブルの上に突っ伏して、酔い潰れている。 「時ちゃん、大丈夫?」 テーブルの向こうで、町子(まちこ)がしきりに気にしていた。 時子は、酒を飲み慣れていないのだ。 少量のバー…

『瞬殺猿姫(32) 二重櫓の猿姫たち三人』

伊勢は白子の宿場に近い、神戸城の二の丸に建つ、二重櫓の二階。 猿姫(さるひめ)がいて、のぞき窓から遠く亀山城のある方角を眺めている。 しかし日は暮れて、遠方には闇が降りている。 わずかに、城内の各所で燃えるかがり火が、下から夜空を照らすばかり…

『手間のかかる長旅(083) 深酒はいけない』

アリスは隣の町子(まちこ)の肩に、右腕を回している。 上機嫌で、時に町子の頬に接吻する。 町子はその都度もがく、だがアリスは逃がさなかった。 「うふふふ」 笑いながら町子にすぼめた唇を近づけて、音をたてて接吻する。 「ちゅっ」 「もう、本当にア…

『手間のかかる長旅(082) お酒の好きなアリス』

件の喫茶店の奥、いつものテーブル席。 時子(ときこ)と町子(まちこ)は、一人酒を飲むアリスに、素面で付き合っている。 時子に飲酒の習慣はない。 昼間から、バーボンをストレートにして、グラスから美味しそうに舐め取っているアリス。 彼女のことを、…

『瞬殺猿姫(31) 猿姫から離れ、一子は亀山宿』

一子(かずこ)は、物置部屋の中に積まれた、布団の間に挟まっている。 亀山の宿場町である。 旅人向けの宿が、いくらもある。 一子はそのうちの目をつけた宿のひとつに潜り込んだ。 猿姫(さるひめ)に財布を取られたままなので、一銭も持っていないのだ。 …

『瞬殺猿姫(30) 猿姫に路銀を取られたままの一子』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)と蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は、神戸城の本丸御殿にいる。 三郎、阿波守の順に前後に並んで通路を歩いている。 緊張した面持ちで足早に歩く三郎に比べ、後ろからついていく阿波守は気楽な表情をしている。 神…

『手間のかかる長旅(081) 荒ぶるアリスに、眉をひそめる』

この一週間で時子(ときこ)と町子(まちこ)が通い慣れた、例の喫茶店に来ている。 「お酒くださいにゃ」 全員がテーブル席に落ち着き、例の女性店員が瞬間移動してくるなりアリスは大声をあげた。 「お酒が欲しい」 「ちょっとアリス、喫茶店にお酒はない…

『瞬殺猿姫(29) 寝起きの猿姫が様子を探る』

まとわりつくような眠気を振り払い、猿姫(さるひめ)はまぶたを持ち上げた。 体を横に、寝かされている。 眠りの間にも身に添わせていた愛用の棒をつかんだまま、猿姫は上体を起こした。 衣擦れの音がする。 視界は目の前に立った屏風でふさがれているが、…

『瞬殺猿姫(28) 猿姫を置いて食事する、三郎と阿波守』

室内が清められた後、客間の一端に寝具が敷かれた。 眠っている猿姫(さるひめ)のためのものだ。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、城の下女たちと協力して彼女を寝具にまで運んだ。 眠りながら、危険な得物を手にしたままの猿姫だ。 先に蜂須賀阿…

『瞬殺猿姫(27) 猿姫を守った三郎。一子は泣く』

神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)は、客間を吟味している。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は結局、城主である神戸下総守に事の次第を報告した。 下総守は側近たちを連れてやって来た。 彼らが室内を調べている間、三郎は部屋の隅に退…

『手間のかかる長旅(080) 乱れた化粧と時子』

何か、アリスはつらい目に遭って弱っていたらしい。 声をあげてさんざん泣いた後、今は落ち着いている。 彼女の横顔を、時子(ときこ)は見ていた。 目の下に流れたアイラインを無造作に拭いたせいで、目の周りと頬は無惨に汚れている。 見ていて気の毒にな…

『瞬殺猿姫(26) 眠る猿姫、見つめる阿波守』

滝川慶次郎利益(たきがわけいじろうとします)は、唇を舐めた。 口の中が、乾いている。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)と向き合っている。 二人の間の空気は、張り詰めたままだ。 三郎は眠る猿姫(さるひめ)をかばい、慶次郎に厳しい顔つきで挑ん…

『瞬殺猿姫(25) 眠る猿姫を巡り、客間は荒れる』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、緊張で固まった体を動かそうと躍起になった。 傍らに、眠り薬を嗅いでしまった猿姫が横たわり、眠っている。 その二人の目前に、刀を手にした男が迫っていた。 男は、滝川慶次郎利益(たきがわけいじろうとします)…

『手間のかかる長旅(079) アリスを落ち着かせる』

アリスは、時子(ときこ)に抱きついたまま、彼女を放そうとしない。 仕方がないので、時子は自分より大柄なアリスの腰を、抱えた。 そうして元の公園まで、彼女を引きずるようにして一緒に歩いた。 道を行く通行人たちの視線が気になる。 公園に戻った。 ベ…

『瞬殺猿姫(24) 毒見をした猿姫』

猿姫(さるひめ)は、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)の膳を覗き込んでいる。 「作為を感じる」 厳しい目をして、つぶやいた。 彼女を見守る三郎の表情が強張る。 「毒を盛られているかもしれない」 「まさか」 三郎は、引きつった声で言った。 「拙者…

『手間のかかる長旅(078) 時子もアリスも情緒的』

土曜日の朝。 前夜に一睡もできなかった末、時子(ときこ)は寝床から身を起こした。 横になったまま、一晩中不安な思いにとらわれて、目が冴えてしまったのだ。 昨晩、友人の町子(まちこ)からメールを受け取った。 友人の一人、アリスが怒っているという…

『瞬殺猿姫(23) 膳を疑う猿姫と慶次郎』

客間の外から城の下女の声がかかり、昼食の膳が運ばれてきた。 一行の主、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。 彼の武芸の師匠、猿姫(さるひめ)。 表向きは三郎の家臣ながらその実は人質、蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)。 伊勢の土豪と称する男…

『瞬殺猿姫(22) 慶次郎を見る、猿姫の疑わしい目』

客間に帰る途中で猿姫(さるひめ)は、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)と出くわした。 猿姫は城内の探査をいったん打ち切り、昼食を食べてから続きをやろうと思っている。 「三郎殿、首尾よくいったのか」 「ええ。ご心配かたじけない。下総守殿から、…

『手間のかかる長旅(077) アリスの怒りを知った時子』

いつまで経っても、書くべきことが出てこない。 時子(ときこ)は机の上にノートパソコンを開いたまま、その手前に突っ伏している。 一日記事10本更新どころか、1本も書けなかった。 机の表面に頬を押し付けながら、ぼんやりしている。 何もかも面倒になった…

『瞬殺猿姫(21) 眠り薬を盛られる猿姫』

忍びの女、一子(かずこ)とその連れの男。 二人で台所の開いた戸口のへりから顔をのぞかせ、中をのぞきこんでいる。 台所では、城の下女たちが昼食の膳を整えている。 華美なものではないが、客人に振舞うこともあってか、それなりに整った食事である。 「…

『手間のかかる長旅(076) 時子はブログを開設したものの』

三人でお昼ご飯をつくったり、午睡に耽ったり、起きてトランプで遊んだり。 苦しくも、スケジュールの空白を埋めることができた。 夕暮れ時になった。 ドラッグストアで働く美々子(みみこ)のシフトが、終わりを告げる頃だ。 時子(ときこ)と町子(まちこ…

『手間のかかる長旅(075) 町子のブログを、頑として読まない時子』

三人で、ぼんやりと、古墳の周囲に長居するわけにもいかない。 時子(ときこ)は、町子(まちこ)とヨンミを近くの自宅に連れていった。 どうせ時間をつぶすなら、自宅がいい。 時子はこれまで何度か遊びに来たことがあるし、ヨンミもすでに一泊している。 …

『瞬殺猿姫(20) 一子は生きる。猿姫には負けない』

どうしたらいいだろう、と猿姫(さるひめ)は思案しながら歩いている。 神戸城の本丸御殿である。 背中に棒を担いで、通路を歩いている。 客人が、他家の城内をむやみやたらと歩き回るのは、あまり褒められたことではない。 だが、歩き回って城内の様子を確…

『瞬殺猿姫(19) 猿姫と離れ、茶席の三郎』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、座っている。 再び、神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)と対面しているのだ。 三方を土壁に囲まれた、狭くて暗い茶室である。 明かりは、三郎の背面にある障子戸から薄く入ってくるばかりだ。 神戸下…

『瞬殺猿姫(18) 三郎は、猿姫を城主に会わせたくない』

猿姫(さるひめ)に深呼吸をうながし、落ち着かせたところで。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、ようやく彼女を放した。 「お座りくだされ、猿姫殿」 蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)が寝そべっている傍らを、手で示した。 「嫌だ」 猿姫はかぶ…

『瞬殺猿姫(17) 阿波守を爪弾きにする猿姫』

北伊勢の神戸城、縁側に猿姫(さるひめ)と織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)はいる。 忍びの一子(かずこ)がその場を立ち去った後も、二人は途方に暮れている。 南近江の大名、六角家と共に。 西の関家が、この城に攻めてくる。 「六角家の力を借りた…

『瞬殺猿姫(16) 一子の知らせを疑う猿姫』

「お二人の逢引を邪魔して、申し訳ございませんでした」 忍び装束の女、一子(かずこ)は、二人に深々と頭を下げた。 この女は何をしに来たのだろう。 そう思い、猿姫(さるひめ)は相手の頭頂部をにらみつける。 言葉通り、本当に「逢引」を邪魔しに来たの…

『瞬殺猿姫(15) 神戸城の縁側で、猿姫と一子』

猿姫(さるひめ)は、縁側の上に立っている。 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、縁側の縁に腰掛けたまま。 振り返って見ている。 一子(かずこ)は、猿姫と向かい合ったまま、顔を三郎の方に向けていた。 彼女は三郎の目を見つめて、笑いかけている…

『瞬殺猿姫(14) 不審の三郎、苦しい猿姫』

北伊勢の神戸城、本丸の御殿。 猿姫(さるひめ)たち一行は客間をあてがわれ、しばらく滞在することになった。 それぞれの刀、鉄砲など、没収されていた武具も返却された。 与えられた部屋に来て荷物を置くなり、さっそく猿姫は、愛用の棒の手入れにかかる。…

『瞬殺猿姫(13) 神戸下総守との交渉に当たる、三郎と猿姫』

「下総守殿っ」 織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、上座に向かって前のめりになった。 「まずは見てくだされ。この羽織を」 下品でいやらしい絵柄が描かれた己の羽織を、指先でつまんで強調する。 「拙者、着の身着のままで、逃げてくる他なかったの…