『手間のかかる長旅(001) うぐいすぱんの夢』

偏食がちな時子(ときこ)は、食欲がないときには「うぐいすぱん」が食べたいと常々思うのだった。

時子は「うぐいすぱん」という語感が大好きである。

もっとも「うぐいすぱん」がどういう食べ物なのか、時子には謎なのだ。

彼女のこれまで21年にわたる人生で、そのようなものは食べたことがない。

売っているのも見たことがない。

インターネットで検索すれば「うぐいすぱん」の素性はたちどころに明らかになるのであろう。

だが時子は、そんなことはしたくはなかった。

かの食べ物と、自然な出会いを果たしたかったのだ。

どんな形なのか。

表面は何色なのか。

中に何が入っているのか。

香りは?

どんな味がするのか。

考え出すと止まらず、他の食べ物の存在が頭から消えてしまう。

形も色も定まらない「うぐいすぱん」の幻影が、時子の目の前で大きく膨らみ、萎み、また膨らんだ。

 

「お昼に行きましょう」

友人の町子(まちこ)に体を揺さぶられて、時子は目を覚ました。

頭上から、屋外の日差しである。

二人とも公園の、生垣を背にして設置されたベンチに座っている。

時子は座ったまま、がっくりうなだれた体勢で、眠りに落ちていたのだ。

「あっ…寝ちゃってた?」

今日は、うたた寝しても心地よいほどの日和だった。

二人のベンチは、慌しい人の流れに呑まれている。

オフィスビルと専門学校等の多い界隈で、現在二人がいる小さな公園は、ビル街から飲食店街へと抜けるための、ちょうどいい通り道になっているのだった。

お昼時であった。

「ごめんごめん」 時子は我に返り、口の端から垂れていたよだれを慌てて自分のトレーナーの袖でぬぐった。

隣に腰掛けている町子と、今度友達数人で行く予定の旅行について話していたはずなのだ。

いつの間にか、寝入ってしまっていた。

まだ重いまぶたに無理をさせて、ベンチ上の手荷物を片付けている町子の横顔をうかがう。

特に気分を損ねているようではないので、時子は安心した。

確か、会話が一段落ついたところで町子がスマートフォンを触り始めて、お互い口数が少なくなったので眠気に誘われたのだ、と時子は考える。

概算で20分ばかりは眠っていただろうか。

「大丈夫だよ。こっちで調べ物が終わったら起こすつもりだったの」

「そう。よかった」

二人して立ち上がった。

「お昼に行きましょう」

町子がまた言った。

一度口にしたことを改めて言う癖のある人だ彼女は、と時子は思う。

場面ごとの雰囲気を盛り上げたい性格なのかもしれない。

「そうね、みんな何食べに行くんだろうね」

視界の前を横切る学生、勤め人たちを見ながら時子は受け応えた。

本心では、「うぐいすぱん」の夢を見たのでお昼はうぐいすぱんにしたい、と思う。

だが町子に直接そう伝えることは、気持ちがとがめた。

 

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