『手間のかかる長旅(003) テーブル席で待たされる』
ようやく見つけた、客のいない喫茶店内に踏み込んだ時子(ときこ)と町子(まちこ)は従業員の姿を目で探した。
入口近くにあるカウンター内のキッチンにも、テーブル席の間の通路にも、誰もいない。
いるのは、カウンター席の隅に座ってスマートフォンを見ている若い男性だけだ。
この人物はシャツとジーンズの上からエプロンを着けているので従業員に違いない。
時子と町子に気づいて振り返った男性は慌てる様子も立ち上がる様子もなかった。
「どこでも好きな席にどうぞ」
自然な調子で言って、再びスマートフォンの画面に視線を戻した。
一瞬たじろいだものの、他にどうしようもなく、テーブル席の並ぶ窓際に進んだ。
二人は一番奥のテーブルを挟むソファの上に落ち着いた。
「ここでいいよね」
「うん、いいよね」
町子が座るのは右手に窓、背中側に壁を背負う位置で、カウンターと店の入口方向がよく見えている。
相対する時子は左手に窓、カウンターとキッチンの方に背を向けて、正面には町子と壁だけが見える。
さっきの男性が今どうしているのかは町子に見てもらうほかない。
「あの人、店員さんだよね?」
「うん、エプロンしてたよね」
うなずく町子の視線は、時子の背後の一点にすえられている。
後ろで従業員が動く気配はない。
「あの人どうしてる?」
「スマホ見てるよまだ」
町子は眉をひそめながら答えた。
「店の外から見るより変な雰囲気だね」
「どうしよう、出ようか?」
時子は冷静に提案した。
「だけどいったん出たら、また入れる店を探して放浪じゃない?」
町子の言う通りだった。
長い通りの端から端まで歩いた末に見つけた、混雑していない店なのだ。
他の店は皆、混んでいる。
時子にも町子にも混んでいる店内で窮屈な思いをする趣味はなかった。
仕方ないのでやはりこの店で過ごすことにした。
しばらく待った。 手持ち無沙汰になる。
席に着いてから5分ほど経過した。
町子がもじもじし始めた。
「お水も出ない」
「出ないね」
「セルフサービス?」
「ラーメン屋さんじゃないんだから」
「うん」
あの店員はおかしい、と時子も疑り始めていた。
客が二人入ってきているのに、また他に手を取られる客は誰もいないのに、水も出さないし注文も取りに来ない。
「おなかすいた」
悲しそうに言いながら、町子はテーブルの端に立ててあるメニュー表を手にとって、手慰みにしはじめた。
そろそろあの店員にこちらから声かけた方がいいな、と冷静な時子も覚悟を決めた。