『手間のかかる長旅(004) とても素早いウェイトレス』

他に客のいない喫茶店で、時子(ときこ)も町子(まちこ)も待ちくたびれている。

一人だけいる従業員らしき男性はカウンター席に座り込んで、注文を取りに来ない。

水も出ない。

何分も待たされたので、時子はもう男性にこちらから声をかけてしまおう、と息を吸い込んだ。

「すみません、お待たせしました」

慌しくテーブルの上に水の入ったグラスが二つ置かれ、時子も町子も弾かれたように顔を上げた。

テーブルの横に、女性が立っていた。

時子と町子よりもいくつか年上に見える、若い女性だった。

白いシャツの上から、黒の蝶ネクタイ、ベスト、パンツで装ったウェイトレス姿で立っている。

髪はひっつめにして、後ろでお団子にしていた。

片手にトレーを携えている。

「買い物でちょっと席を外してました。ごめんなさい」

申し訳なさそうに、だがはきはきとした口調で言う。

「ご注文お決まりでしたら、お伺いしていいですか」

勢いにのまれて、時子と町子はそのままメニューを見ながら注文する姿勢を取った。

時子はサンドイッチとホットコーヒー、町子はスパゲッティナポリタンを注文した。

女性従業員は受けて、一礼して足早にキッチンに戻っていく。

時子は身をよじって振り返り、彼女の背中を追った。

女性従業員はカウンター席にいる男性と特別やりとりをかわすこともなく、キッチンの中に収まって働き始める。

再び時子は町子の方に向き直った。

「町子さん。あんな人いたっけ?」

「いなかったよね」

町子も腑に落ちない顔をしている。

「入口の方を見てたんじゃないの?」

「見たり見なかったりだよ」

「あの店員さんが戻ってくるところ見なかった?」

「気づかなかった。でも私、一瞬ぼんやりしたりメニュー見たりもしてたから」

「でも人が入ってきたら気づかない?気配とかで」

「気づくと思う」

「何でだろうね」

二人とも顔を見合わせて首をひねった。

二人にとっては件の女性従業員が、突然テーブルの横に瞬間移動してきたような印象だった。

「テレポートしてきたみたいだったね」

「私もそんな感じ、した」

町子も気軽に同意する。

「本当にテレポートしてきたのかも」

「そういうことにしておく?」

そういう従業員も世の中にはいるのかもしれない。

この喫茶店は雰囲気も独特だし、変り種の従業員に恵まれていても不思議はない。

普通の従業員に長く待たされるぐらいなら、瞬間移動できる体質の従業員が素早く応対に駆けつけてくれる方が客としてはありがたいのだ。

時子はそう結論づけた。

「こういうお店のナポリタンって、どんな味なのかな」

町子は早くも注文した食べ物に思いを巡らせていた。

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