『手間のかかる長旅(005) ぷにぷにと画面を押す友人』
他に客のいない喫茶店で、注文した料理ができるのを待っている。
店の従業員はテレポートするウェイトレスが一人、他に誰もいないので料理をつくるのも彼女である。
あの男性従業員は座ったきりなので、数には含めないでいいだろう。
時子(ときこ)はカウンター席とその中のキッチンの方に背を向けているので、調理の進捗状況はわからない。
わかるのは彼女に対面して座っている友人の町子(まちこ)である。
しかし当の町子はキッチンの方を見ていない。
時子が気を抜いた隙に町子はまたスマートフォンを取り出してさわり始めていた。
あ、また、と時子は思った。
何かと言えば町子はスマートフォンを見たりさわったりしている。
スマートフォンで暇つぶしする習慣のない時子は、常日頃から半ば批判的な目で友人の営みを見ていた。
ただ、それを相手に気取られぬようには気をつけている。
「スマホ面白い?」
「うん、面白い」
端末の画面から目を上げもせず町子は返事した。
ぷにぷに、ぷにぷに、と音はしないが彼女が休まず画面を指で押す仕草を見ていると、時子の脳内にはそんな効果音が再生される。
ぷにぷに。
「ゲームか何かしてるの?」
本当は、町子が何をして遊んでいるかについて関心があるわけではない。
でも、それを尋ねている間は時子の方でも暇つぶしになるのだ。
「うん。ゲームもするけど、今は違うよ」
「じゃあ何してるの?彼氏にメール?」
町子は返事しなかった。
しばらく間がある。
ぷにぷに。
「違うよ。ブログ更新してるの」
「えっ、ブログ書いてたんだ」
「うん」
初耳だった。
ブログは内向的で筆まめな、言ってみれば自分のようなタイプの人間がやるものだ、と時子は思っていた。
現実には彼女はブログをやっておらず、どちらかと言えば外向的な町子の方がブログに熱を上げている。
町子は外向的で筆まめなのかもしれない。
人は見かけによらないものである。
「町子さんのブログって面白そうね」
「ううん、そんなことないよ」
ただ、そのブログのアドレスを聞くことは避けよう、と時子は思った。
生の付き合いのある彼女の、裏の顔がブログから垣間見えたりしたら怖いからだ。
「私のブログ見たい?」
ちらり、と町子がこちらを見る。
ほのかに誘惑の色合いがある目つきである。
「あ、いや、今はいいよ」
時子はさりげなく視線を外し、断った。
「じゃあスマホを見てるときはいつもブログ更新してるの?」
「調べ物とかゲームもするからいつもじゃないけど、まあだいたいね」
話題を変えることに成功した。
「そんな一日に何度も更新してたらネタとかなくならない?」
「なくならないよ。書くことは無尽蔵にあるよ」
町子は誇らしげに言う。
「そうなんだ」
「うん」
時子はブログを書いたことがないからわからないが、書いている人にとってはそういうものなのかもしれない。
「ちなみに今は何について書いてるの」
「えっと、えーっとね」
画面を指でスライドさせる気配。
ぷにぷに。
結構な量の文章をすでに書いていたらしい。
「某友人とお客のいない某喫茶店に来た!そこにテレポートウェイトレス!彼女が料理をつくるのを辛抱強く待っています。って書いた。とりあえずこれでアップする」
「状況が目に浮かぶね」
友人にお世辞を言えるぐらいには時子も社交的である。
しかしそれほどの短文で記事がひとつできるなら、自分にもできるかもしれない、と時子は思うのだった。
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