『手間のかかる長旅(006) 楽しい食事の余韻』

「お待たせしました」

真横で声がした。

すでに、女性従業員が時子(ときこ)と町子(まちこ)の注文した料理を両手に携えて、テーブルの横にいた。

時子が頼んだのがサンドイッチとホットコーヒーで、町子のがスパゲッティナポリタンだ。

従業員は、料理をテーブルの上に配り、伝票を置いた。

「ごゆっくりどうぞ」

一礼してそう言いながら、彼女自身は素早くその場を去った。

「またテレポートしてきた?」

従業員を見送った後、町子がひそひそと小声で言う。

「してきた?って、町子さんあの人が来るところ見てなかったの」

「だってスマホ見てたの。時ちゃんは」

「私は後ろ見えないし、喋ってたし」

二人とも、自分たちのことに没頭するあまり、件の従業員が瞬間移動してくる瞬間を押さえ損ねたのだった。

失態に気づいて、二人はしばしお互いの苦虫を噛み潰した顔を見合わせた。

「お腹もすいたし、もう食べましょう」

町子が場の雰囲気を変える、張りのある声で言った。

率直に言えば、できたての料理の前では、女性従業員が本当に瞬間移動を使うのかどうかなど些細な問題なのだ。

「うん、食べましょう」

と応じながら時子はさっそくサンドイッチを手づかみして口に運び、もさもさと咀嚼してしまった。

美味しいサンドイッチだ。

食パンの耳を切り落としたものをトーストして、うっすら焦げ目をつけてある。

たっぷりの卵のペーストとハム、食感シャキシャキのレタスを挟んでいる。

町子の方も皿の上のスパゲッティをフォークに巻きつけ、口に運んでは屈託の無い顔で味わっているので、おおむね満足しているのだろう。

二人は存分に食事を楽しんだ。

食事を終え、それぞれの支払いを済ませて店を出てきたときには二人ともすっかりいい気分になっていた。

「よかったね」 と町子が言う。

時子は素直にうなずいた。

入ったときはどうなることかと思ったが、入ったら入ったで何とかなるものだ。

二人は気分がよいので、近場の河川敷を散策してから帰ることにした。

「でもちょっとおかしいんだけど、あんな空いてたの、なんでだろうね」

歩きながら、町子は腑に落ちない様子で漏らした。

「なんでだろうね」

「特にお客に敬遠される要素がないじゃん。最初はウェイトレスさんいなくてアレだったけど」

「たぶんあの男の店員さんがスマホ見てて注文取りに来ないから、怒って出て行くお客が多いんじゃない?それで評判も悪くなったとか」

時子は仮説を披露してみた。

「ああーなるほど。じゃあ、あの男の人、やっぱり店員なの?」

「店員でしょ?なんで?」

「いや、そこがわからなかったから。途中から常連客の亡霊かと思ってた」

「えっ」

町子が言ったことがよくわからなかった。

「何の話?」

「いやさ、エプロンしてたけど、あれは他所のお店で働いてた人ってことかなあ、なんて」

「そうじゃなくて、常連客の何って言った?」

町子は目を丸くする。

「常連客の亡霊って言ったんだけど」

「何それ…」

「あのカウンター席の男の人だよ。ああやってずっと座って身じろぎもしないんだから、亡霊でしょ」

「そんな理屈あるの」

時子はぷっと吹き出した。

町子は時々暴論を吐くので面白い。

「だってそうでしょ。私時々キッチン見てたけど、あのウェイトレスさんだって、まるであの席に男の人なんていないみたいに働いてたよ」

「あれかな、彼女の弟さんとかなのかもね」

いつもそこにいて、もう慣れっこで。

「そんな感じじゃなかったよ。私たちには見えてるけど、あの人は霊感無いから見えないんじゃない?」

町子は力説する。

時子は呆れてしまった。

ただ、そういう仮説も面白いかもしれない、とは思う。

テレポートする女性従業員に、カウンター席の亡霊常連客。

それは普通の客は敬遠するかもしれない。

「でも、私たちは意識高い二人だから気にしないよね」

町子が明るく言った。

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