『手間のかかる長旅(013) 警官の疑惑の視線にさらされる』

こういう人は始末に終えない。

芝生の上で眠り続ける町子(まちこ)の寝顔を見ていると、時子(ときこ)は憎む気持ちにはなれないのだった。

さらに何度か友人の体を揺さぶってみたが、曖昧に小さな声を出すばかりでやはり起きない。

あきらめて、時子はその場に仰向けに寝転んだ。

空の雲行きはいい。

先ほどみた奇怪な悪夢の中の、禍々しく曇った空の名残りはそこにない。

なんでこのぽかぽか陽気の中であんな悪夢を見たのか、と時子は我ながら不思議だった。

もともと彼女は何か悩んでいるときには悪夢を見やすい体質ではある。

しかし今は深刻な問題を抱えているわけでもなし、寝ている間に野良犬に足を引きずられたぐらいで…。

腑に落ちないのだ。

眼下にある穏やかな川の流れに目をやった。

まさかこの川にいわくがあるのか、と時子は考えてもみた。

馬鹿馬鹿しい考えだと自分でも思ったが、自信を持ってその疑念を振り払うことはできない。

近くで寝ている人間に悪夢を見せる川、というのは存在するのかもしれない。

仮説である。

隣にいる町子の寝顔をうかがった。

すやすやと寝入っている彼女の顔を見る限りは、悪夢を見ているのではなさそうだ。

してみると眼下にあるのが悪夢を見せる川、とは言い難い。

だがそれにしても町子が奇妙に目覚めないので、そこはやはり時子は不安なのである。

「町子さん」

また揺さぶってみた。

「うーん」

わずかな身じろぎと、小さな声が返ってくるばかりである。

「町子さん町子さん」

「うーん」

より激しく揺さぶってみたのだが、反応は同じだ。

これで目覚めないのなら何をしたらいいのだ、と時子は悩んだ。

ぼんやりしている時子の視界の端に、土手の上を自転車に乗った警官が向かってくるのが見えた。

巡回中の警官であるらしい。

思いもかけないことに時子は思わず、そちらを見て相手を凝視してしまった。

自転車をこぐ警官の方でも土手の斜面にいる時子と町子の方を見ていた。

警官と、時子の目線が合った。

「どうしました」

二人のすぐ上手に自転車を止め、警官は近づいてくる。

土手から身を乗り出して、斜面にお尻をついている時子と寝ている町子の方を見やった。

「いいえ、なんでもありません」

反射的に、いくらか引きつった声で時子は返していた。

その三十か四十年配の警官は、探るような顔つきである。

時子と、町子の方を交互に見ているのだ。

「その彼女は、寝ているの?」

「そうです」

時子は自分の片頬に手の平を添えた。

緊張すると無意識にやってしまう彼女の癖であった。

「あなたのお友だち?」

「ええ」

「悪いけど、ちょっと起こしてくれるかな」

時子は思わず相手の顔を見た。

「どうしてですか」

「こちらで確認したいことがあるんです」

警官の言葉は、時子には若干冷たい調子に聞こえる。

相手は、こちらのことを不審に思っているのかもしれない。

時子は不安になった。

 

さっきから、自分だって再三にわたり町子を起こそうとしてきたのである。

それでも町子が目覚めないのは、別に自分のせいではないのだ。

だが、それをこの警官は信じてくれるだろうか?

警官の手前、再び町子を揺さぶり起こしにかかる体勢に入りながら、時子は不安に押し潰されそうな気持ちになった。

今回に限って、町子が都合良く目覚めてくれることを切に望んだ。

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