『手間のかかる長旅(015) 土手の斜面でがんばる』
時子(ときこ)がいくら叫び、にらんでも、土手の上から見下ろす警官は動じない。
時子は絶望的な気持ちになった。
「いったい私にどうしろって言うんですか」
低い声で問うた。
警官が舌なめずりした、ように時子からは見えた。
「一緒に来てもらう」
「どこに…」
「どこでもいい。こっちに上がってきなさい」
警官は高圧的に言った。
上から手招きしている。
時子は焦った。
警察署に連行されてしまう。
眠っている町子(まちこ)をそのままにしておいて、自分だけ連行されるわけにはいかなかった。
「町子はどうするんですか」
「そんなことを君が心配する必要は無い」
「このままにはしておけません」
「君には関係ない話だ」
取り付く島もない。
警官は時子と話し合う気などないのだ。
ただ時子を連行したい一心なのだろう。
対して時子は、町子をそのままにして連行されたくない一心である。
「彼女をどうするのか聞かないうちは、私も動けません」
「君には関係ないと言っている」
「それなら、私も動きません」
時子はその場に座り込んで、動かない態度を見せた。
警官が正当な理由で時子に同行を要求しているようには、時子には思えない。
加えて町子の身柄について答えない態度も、不誠実である。
相手にしてみれば自分は不審人物なのかもしれない。
だがそれにしてもこれまでの冷徹で高圧的な態度といい、今の理不尽な要求といい、納得できないと時子は思う。
警官は腕を組んでこちらを見据えた。
「公務執行妨害ってわかるかな」
冷たい声である。
時子は答えない。
「君は今その公務執行妨害をやっているんだ」
パトカーでも何でも呼んだらいい、と時子は開き直った。
もっとも、土手の上は道の幅が狭いのでパトカーは入ってこれない。
相手が時子に一緒に来てもらうと言ったのも、パトカーが横付けできる場所まで連れて行くつもりだったはずだ。
土手から車道の通る場所まで、ずいぶん距離がある。
自分がこの場でごね続けたら、この警官はどんな応援を呼ぶのだろうか?
「はやく上がって来なさい」
警官がゆっくりと言った。
時子は応じなかった。
相手に目を合わせない。
公務執行妨害だろうが何だろうが、今いる場所でがんばるのだ。
町子も横にいる。
「町子さん」
町子に呼びかけてみた。
警官は町子が「意識不明」であることだけを理由に時子につきまとっている。
町子が起きてくれさえすれば、相手に言いがかりの口実はなくなる。
「町子さん」
目覚めない町子の手を、時子は握ってみた。
町子も時子の手を握り返してくる。
無意識の反応だろうか。
このまま彼女が目覚めるまで、自分は動かない。
時子は決めた。
「早く上がって来なさい」
突然、土手の上で警官が大声をあげた。
思わず、時子は相手の顔を見た。
警官の顔は、高潮している。
眉間に何重にも皺を寄せ、口元を歪めている。
その頬も小刻みに震えている。
今までと違う。
時子は意外な気持ちがした。
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