『手間のかかる長旅(018) 時子と町子は比較的穏やか』

町子(まちこ)と別れた後、時子(ときこ)は寄り道せずまっすぐ自宅に帰りついた。

いろいろなことがあったので、とても疲れている。

土手でたて続けに怖い目に遭った。

お昼ご飯を食べたところまではよかったのに…と時子は思い返していた。

気まぐれに川沿いを散策して帰ろう、などと時子と町子の意見が下手に一致してしまったのが、その後の時子の受難の始まりだったのだ。

もうあの土手には近づくまい。

時子は堅く胸に誓った。

町子と一緒にいると、時子はことの成り行きにのまれてしまうことがあるから、気をつけないと駄目なのだ。

町子のせいではないのだけれども。

人間二人で関係を維持しようと思えば、不思議な磁力が発生して、個々で生きていては決して進まない方向に人生を生きてしまうのかもしれない。

などと時子は妄想した。

いろいろ疲れているので、日暮れまで妄想をした後、夕食を済ませると時子は早々に床に着いた。

 

翌日、また町子と一緒に昼食をとっている。

飲食店街に来たが、やはりどの店も混んでいるので二人は前日と同じ喫茶店に落ち着いたのだ。

今日も他の客はいない。

これは客と言っていいのか、カウンター席の隅にエプロンをした男性客が座りスマートフォンに没頭しているのも昨日と同じ。

ただ今日はカウンター内にウェイトレス姿の例の女性従業員がいてくれたおかげで、円滑に席の確保、注文にまでこぎつけたのだ。

今、時子も町子もスパゲティナポリタンを食べながら、のんびり雑談に講じている。

「結局みんな、自分の希望を心の中に持ってるからまとまらないんだよ」

町子が得意そうに話している。

時子はおとなしく聞いた。

「私たちで候補を決めて話持って行っても、みんな煮え切らないことばかり言うじゃない」

時子はあいまいにうなずいておいた。

先日から、友人たち数人で出かける旅行の計画を練っているのだが、いまだに目的地が決まらないのだった。

グループのメンバーの中で一番こういう類の知識がある、ということで時子と町子が中心になって話を進めることを任されたのだが、なかなか決まらない。

予算的に日本国内のどこかに行くことは決まっている。

その枠の中から二人で候補地をあげて他の友人たちに紹介するのだが、皆の反応が否定的で厳しいので、二人とも憤っているのだ。

「やっぱり、みんなで集まって相談した方がよくない?」

時子は控え目に提案した。

「私もそれがいいとは思うんだけど」

町子は腕組みした。

「ただ、そうすると余計まとまらなくなるような気もして」

メンバーの中で、時子と町子は最も自己主張の穏やかな人柄の二人なのだった。

そのことも彼女らが一件を任されている理由のひとつである。

「ならもう一人ずつ希望の旅先を言ってもらって、くじで決めるのはどう?」

「結局そうするぐらいしかなくなってくるね」

時子の提案に町子も渋い顔でうなずいた。

近いうち、グループの友人一同で集まって話し合いの場を持った方がいいかもしれない。

会合だ。

その会合場所はこの店でどうだろうか、とスパゲッティの塊を口に運びながら時子は考えた。

昨日と今日で見る限り、昼食時にここまで客が少ないようだと店の経営も苦しいに違いない。

自分たちが友人を連れてくるようになれば店の人からも感謝されるかもしれない、などと時子はもはやちょっとした常連気取りの考えでいる。

だが時子と町子はその実、昨日同様、今日も女性従業員が瞬間移動する決定的瞬間を見逃しているのだった。

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