『手間のかかる長旅(020) 時子は学校給食を思い出した』
時子(ときこ)はスパゲッティナポリタンを食べ終えた。
町子(まちこ)はまだスマートフォンに夢中だ。
彼女の皿にはスパゲッティがほぼ手付かずで残っている。
「麺冷めるよ」
皿の上のスパゲッティを指差した。
「うん、食べる食べる」
町子の生返事である。
時子は呆れた。
「町子さん、あれみたい」
「なに」
「新聞読みながら朝ごはん食べてるお父さんみたい」
「うん」
また生返事。
時子はため息をついた。
「せっかくの美味しいスパゲッティなのに」
「食べるよ」
左手で持ったスマートフォンの画面に視線を吸われながら、危うい手つきの右手でフォークを持ち、スパゲッティをからめにかかる。
しかしそれにはもうずっと失敗し続けているのだ。
「ちゃんと見てないと無理じゃない?」
「無理じゃないよ。今に…」
右手が泳いで、フォークの先が皿の上を引っかいた。
不快な高い音に、時子は思わず首をすくめて両耳を手でふさいだ。
見てられない、と思う。
「ブログまだ更新終わらないの?」
「今、最後の一行を書き終えた…」
更新が終わったらしい。
ようやく町子はスマートフォンをしまった。
時子を見て、にこり、と笑う。
「お腹空いた」
フォークを巧みに使う。
スパゲッティをまとめては口に運ぶ。
食事に集中すれば、町子は早い。
「おいしい?」
「おいしい。ここのスパゲッティなかなか気に入った」
なら冷める前に食べたらいいのに、と時子は呆れる。
「慌てなくていいから、ゆっくり食べてね」
「ありがとう」
小学校時代、お昼時間に給食を食べきれず、いつも授業時間が始まっても一人食事を続けていた同級生のことを時子は思い出した。
その子は、お昼時間の次に待ち構えているのが彼女の好きな図画工作の授業だったときだけは、物凄い勢いでごはんをたいらげた。
誰よりも早かった。
だから皆は、彼女の好き嫌いは仮病だ、などと言ってからかったものだった。
町子が今頃になって見せつけた健啖ぶりに、時子はつかの間、懐かしい気持ちになる。
町子が食べている間、食べ終わってしまった時子は手持ち無沙汰で、メニュー表を手に取った。
スパゲッティ以外にも洋食がいろいろあり、それにケーキも何種類か注文できるらしい。
「町子さん」
時子はメニューを眺めながら声をかけた。
「どしたの?」
町子は美味しそうにスパゲッティを口にしている。
両頬がふくれて目が丸く見開かれて、木の実を頬張るリスのようだ。
「ここで、今度みんなで集まるのはどうかな」
「みんなで?」
もぐもぐと咀嚼する。
「ここで、みんなでご飯食べながら旅行のこと決めるの」
「ああー」
「どう?」
「いいかもね」
もぐもぐもぐ。
時子は片肘をテーブルについて、メニューを眺める。
おなかがいっぱいになって、いい気持ちになってきた。
町子と二人でこうして食事するのは楽しい。
なら友人たち皆を集めて、取り留めなく旅のことを話しながら、ここで時間を過ごすのもきっと楽しいはずだ。
経済的に毎日喫茶店で外食、というわけにも行かないけれど、時々はここに集まって会合を開くのだ。
この喫茶店を、自分たちの秘密の拠点にする。
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