『手間のかかる長旅(021) 脳裏のイタリアンマフィアたち』
友人たちをこの喫茶店に集めて、会合を開きたい。
時子(ときこ)は脳内に自由な妄想を広げている。
喫茶店での定期的な会合。
時子が連想したのは、イタリアのマフィアたちが週末に集まって催す、ランチ会である。
シチリア州はタオルミーナの、青々としたイオニア海を見下ろす崖の際に、お洒落なリストランテがあるのだ。
店の海側の壁は大きく開いていて、眼下に広がる青い海と見渡すばかりの空からなる絶景を眺めながら、美味しい食事が楽しめるようになっている。
このリストランテは、長年に渡りミシュラン社からの三ツ星評価を勝ち取り続けている、一流店の中の一流店だ。
庶民には手の届かない、選ばれた者だけが集う場所である。
その店内で、時子たちメンバーは丸いテーブルを囲んでいる。
まず、町子(まちこ)。
「ゴッド・シスター」の異名を持つマチコ・サルシッチャ。
組織のボスの風格を持った彼女は上座に渋い顔で座り、右手に持ったフォークでペペロンチーノの皿をかき混ぜている。
もちろんその左手には最新型の、真っ黒なボディのスマートフォンが握られている。
ゴッド・シスターは世界情勢の把握と自身のブログの更新に余念がないのだ。
世界中のカトリック教徒からなる情報網を持ったバチカンの協力者が、マチコに厳選された情報を送ってくる。
マチコはそれをもとにブログを書く。
マチコの右隣の席には、彼女の右腕たる幹部、トキコ・マスカルポーネが落ち着き払った顔で控えている。
彼女は知能派である。
人情に厚く胆力に優れるものの時折思慮に欠けるゴッド・シスターを、時に諌めながら支えるのがトキコの役割なのだ。
トキコは石釜で焼いたピッツァを上品に食べる。
さらにマチコの左隣に座るのは、ミミコ・アッフォガートであった。 残忍極まりない女喧嘩屋である。
一度口論になれば、彼女は相手が力なく横たわるまでは容赦しない。
ミミコは暴風雨のような勢いで、リゾットをスプーンですくってはたいらげる。
ミミコの左隣に、アリス・ビステッカ。
金髪碧眼の、長身の女である。
マチコの牛耳る組織について社会が反感を持たぬよう、プロパガンダ広告を流してまわるメディアの支配者である。
常にポーカーフェイスを崩さない、謎めいた人物でもある。
ご飯を食べるのもそこそこに、赤ワインのグラスを口に運んでばかりいる。
アリスの隣には、最後のメンバーが座っていた。
ヨンミ・タリアテッレ。
にこにことした笑顔のまぶしい、組織最年少のメンバーであった。
彼女は他人との意思疎通において若干の障害を持ちながらも、その人慣れた物腰で、どんな集団にも溶け込む才能を誇っているのだ。
ヨンミは幸せそうな顔で、生ハムをぱくぱく食べている。
この週に一度の食事の席で、彼らメンバーはテーブルを囲んで、それぞれに起こった出来事をゴッド・シスターに報告する。
なおかつ彼女からの助言をもらって今後の活動に役立てるのだ。
美味しい食事を共にし、組織の連帯を強めるのもまた重要な目的である。
美味しい食事を、皆で一緒に食べる大事な儀式…。
頭の中にイタリアンマフィアと化した自分と友人たちの会合風景を思い浮かべ、妄想している時子である。
ぼんやりしている彼女を前にして、町子(まちこ)はちゃくちゃくと食事を進めて行く。
皿の上のスパゲティはおおかた空になっていた。
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