『手間のかかる長旅(027) 同情的な警察署員』

話し終えた時子(ときこ)に、目の前の警察署員は驚きの目を向けていた。 

「本当ですか」 

若干疑いを持った声である。 

ただ、それは仕方がないと時子は思う。 

自分も土手で会った警官の態度にはいまだに納得できていないのだ。 

時子は、おずおずとうなずいた。 

その反応を見て、彼女が嘘をついていないと相手も納得したらしい。 

警官の顔が曇る。 

表情に困惑の色が広がった。 

「弱ったな…」 

小さな声でつぶやいて、頭に手をやった。 

参った、という様子だ。 

「何が弱った、なの?」 

腕組みしている美々子(みみこ)が横から厳しい声を出した。 

「何とかしてくれるんですよね?その舐めた警官、クビにするとかさ」 

「しっ、静かに」 

警官は、慌てた様子で人差し指を口に当てて、美々子をとがめる仕草を見せる。 

「はあ?」 

相手の穏やかな態度にも関わらず美々子は攻撃的な調子を改めない。 

時子も町子(まちこ)も、美々子がこれ以上無茶をしないか心配で、心中穏やかではなかった。 

警官は、周囲をうかがった。 

事務机に向かう彼の同僚も、他の窓口で高齢の男性を相手にしている女性警官も、時子たちと警官の会話には注意を払っていないようであった。 

警官は時子たちに視線を戻した。 

「静かに、って何なのそれ。市民に対してそういう態度ありなんですか?」 

「言い方が悪かったのは申し訳ない。ただ、お願いだからもう少し声を落としてもらえますか」 

警官は、荒ぶる美々子に対し、素直に頼んでいる。 

時子は、この警官の穏やかさと我慢強さに好感を持ち始めていた。 

「なんでだよ?」 

美々子は若干声を落として尋ねた。 

「何の支障があるのよ」 

警官は弱りきった表情である。 

「何と言いますか、これはかなりデリケートな問題なんですよ」

 「そんなことはわかりきってるんだよ」 

どん、と鈍い音を立てる。 

美々子が、カウンターに体をぶつけて警官に詰め寄ったのだ。 

「ここの警官がウチの友だちに因縁をつけて、不当な扱いしてくれたんだからね」 

カウンターから上半身をせり出して、内側にいる警官に食いつかんばかりの美々子である。 

その低い小声には迫力があった。 

警官は、若干の及び腰ながら、美々子から目を背けずにがんばっている。 

「あなた方の事情はわかりました」 

「わかった?動いてくれるの」 

美々子はカウンターに前のめりに寄りかかったままだ。 

警官は表情を変えない。 

「そちらのお嬢さんのお話は本当らしいですね」 

時子の方に目をやる。 

時子はここぞとばかりにうなずいた。 

「でも、率直に申します。この件は、これ以上は公にしないで忘れられた方がいいと思います」 

美々子ではなく、時子の目を見つめたまま警官は言った。 

真剣な表情であった。 

無意識に、時子は背筋を伸ばしていた。 

「な、何を言ってるの?おかしいでしょ」 

美々子が体を震わせる。 

「ウチら、何とかしろ、ってクレームに来てんのよ?それをあんたは…」 

「あなたのおっしゃることもごもっともです。ですから、市民への対応を改めよう、という形で私もこれから警察署内を啓蒙していこうと思うんです」 

美々子は首をかしげた。 

「ちょっと待って。いまだ話読めないんだけど。あのさ、結局、問題の悪徳警官のことはどう処分してくれるわけ?」 

美々子の白い顔が、目の前の警官の顔に迫る。 

「今言った通り、私が個人的に警察署全体を啓蒙することはやります。でも、お話にあった該当の警官を、特定して処罰するということでしたら…」 

警官は、額を拭った。 

彼も、汗をかいている。 

「申し訳ありませんが、あなた方のご希望には沿いかねます」

 「なんだそりゃ」 

美々子は不満の声をあげ、身を震わせた。 

だが時子は、目の前の警官がいかに葛藤したうえで今の言葉を発したのか、理解することができた。 

彼は、彼の立場でできる限りの誠意を時子たちに見せようとしている。 

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