『手間のかかる長旅(028) 警察署の食堂にて』

美々子(みみこ)はうなだれている。

「ごめんね、時子」

四角いテーブルを囲んで、時子(ときこ)、町子(まちこ)、美々子は簡素なビニール革の椅子に座っている。

警察署の最上階にある食堂に、三人はいる。

食堂内でも隅の、窓際のテーブルを選んで座っていた。

近くの席に、他の利用客はいない。

三人は、自分たちの雑談を他の人たちに聞かれないように場所取りしているのだ。

「ううん、大丈夫。気にしないで」

時子はささやき声で美々子に答えた。

彼女は美々子の隣にいて、できる限り椅子を美々子のそれに近づけて寄り添うようにしていた。

怖かった。 広い食堂内には警官、警察署員たちがあふれている。

その中には刑事らしい、筋肉の塊のような男たちもいて、時子の目には彼らが猛獣のように見えた。

刑事たちのまとう一般人とは異質な空気は、時子の予想を超えるものだった。

ごつごつと体格は暴力的に膨れ上がり、なおかつ眼光鋭い刑事たちである。

時子は、各種の犯罪に立ち向かう人間たちが身に着けた獣性のようなものを彼らから嗅ぎ取って、怯えた。

例の、土手で会った警官よりも強烈な威圧感を発する刑事たちが食堂のそこここに散見されて、時子は気が気でなかったのである。

それで怖くて、いつでも精神の強靭な美々子にしがみつける位置で食事を取っている。

もっとも今の美々子は気落ちした様子で、どれぐらい力になってくれるのかは心もとないところだった。

「力になれると思ったんだけど」

美々子はため息をついた。

先ほどまで一階の警察署員を相手に気炎を上げていた面影もない。

「ああ抜け抜けと言い逃れされるとね」

一階の受付にて、土手で時子が遭遇した警官について美々子は苦情をねじ込んだ。

だが、結果的には明確な対処は何も約束されず、うまくあしらわれてしまった。

「敗北感でめしも喉を通らないわ」

美々子の目の前には、カツ丼定食のトレーがほぼ手付かずのままで置かれている。

カツ丼、水菜のおひたし、味噌汁とたくわん漬けのセットである。

時子が見たところ、カツ丼に使われている豚カツは作り置きではなく、揚げたてであるらしい。

ふわふわした卵とじの上で、脂を弾けさせんばかりに湯気を上げているのだ。

この警察署の警官はいいものを食べている。

これを前にしてがっつかないのだから、美々子の落胆ぶりはかなりのものだ、と時子は思った。

美々子は割り箸を割ったきり、卵とじを少量つまんで口にしたのみである。

「美々ちゃん、せっかくのカツ丼食べないと冷めるよ」

町子はテーブルの向かいの席に平気な顔で座っていて、持参の惣菜パンをぱくついている。

パンだけ持ち込んで食堂を利用しては悪いと気を遣ったのか、ポテトサラダの小鉢も注文して食べていた。

これまでのようにスマートフォンうつつを抜かすこともなく、時子と美々子の顔を見比べながら、上機嫌で食事をしている。

この人は美々子が落胆しているのを見るのが楽しいのかもしれない、と時子はいやらしい想像をした。

「ほら美々ちゃん、そんな顔してると取り調べ中の容疑者みたいだよ、カツ丼を前にして」

町子は楽しげに言った。

時子がとがめる視線を送ったが、町子はにこにこしている。

いつも強気な美々子の落胆振りが面白いのか、三人で警察署の食堂で食事している状況が楽しいのか、定かではない。

「もう、言われなくても食べるったら」

町子の言葉に刺激されたように、美々子は腹立たしげに箸を取った。

豚カツを一片つまみ、口に運ぶ。 赤い唇が食べ物が入るぎりぎりだけ開いて、白い前歯が豚カツを小さく噛み切った。

少量の肉片を、小さな頬の動きだけを見せて、たしなみよく咀嚼する。

化粧崩れを気にしてなのだろう。

美々子のような生命力あふれる人物が、抑制した食事作法を強いられている。

ライオンが鎖につながれているみたい、と横で見ている時子は美々子を愛おしく思った。

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