『手間のかかる長旅(031) 美々子に執拗に迫る町子』

町子(まちこ)は美々子(みみこ)の顔色をうかがっている。

美々子は美々子で町子の視線を避けていた。

喧嘩と挑発は受けて立つ常の美々子からは考えられない態度だ。

横で見ていて、時子(ときこ)は気を揉んだ。

「美々ちゃん、私思いついた」

町子は美々子を上目遣いに見ながら言った。

「な、何よ」

美々子はわざとらしく、食べていたカツ丼に意識を向け直す、ふりをする。

食事を再開した。

「台湾はいい、って誰かに吹き込まれたんじゃないの?」

美々子の箸が止まった。

「ほら。彼氏さんとか」

「私、男なんていないよ」

食事を進めながら、早口で答えた。

相変わらず町子の方を見ない。

「本当かな」

「本当だよ」

美々子は答えるものの、町子の視線は執拗であった。

時子は美々子から、男性がらみの話を聞いたことは、これまでない。

だが、巧妙に隠していただけなのかもしれない。

「雑誌で台湾紹介してて、よさげだって書いてたから。だから行きたいの」

美々子は苦し紛れに言う。

「それじゃ駄目なの?」

「駄目じゃないけど」

町子の言葉尻は煮え切らなかった。

「もうっ」

美々子は腹立たしげに息をつく。

町子の方をにらんだ。

だが、黙ってにらみつけているだけだ。

殺気がない。

時子は、にらみつける美々子と、じっと相手の顔色を見ている町子とを見比べた。

変な状況である。

町子は美々子に何を言わせようとしているのだろうか。

「町子さん、どういうことなの?」

時子は直接町子に尋ねてみた。

「美々子さんの何かを疑っているの?」

「いや、なんか美々ちゃんがあまりに言い張るからおかしいなあって思って」

町子は飄々として答える。

「何がおかしいんだよ」

美々子の声は悲痛だ。

「あんたが詮索するようなことは何にも無いよ」

「本当かなあ」

時子は、美々子のことがかわいそうになった。

台湾に行きたい、という美々子の強硬な主張には、あまり他人が深入りしない方がいい動機があるのかもしれない。

「町子さん、とりあえずこの件は保留にしない?」

時子は美々子をかばうつもりで提案した。

「彼女の希望は希望、ということにしておいて」

時子は美々子には恩義があるし、またできるだけ彼女を味方につけておきたい気持ちもある。

町子は首をかしげている。

だが、反論はしなかった。

時子の横で、美々子がほっとしている気配である。

やはり、何か隠していたのかもしれない。

それは今聞き出せなくても、彼女が話す気になったときに聞けばいいのだ、と時子は悠長な気持ちで思う。

金曜日に、皆で集まったときに美々子の気が変わることもあるかもしれない。

場合によっては食事のときにお酒でも勧めてみようか…。

思いついて、時子は楽しくなった。

酒を飲ませれば美々子も乱れて、隠しごとを口走るかもしれない。

その状況を、想像するだけで楽しい。

時子はしばし不埒な考えを胸の中で弄んだ。

だが自分に横から感謝の視線を送っている美々子に気付いて、そんな自分を恥じた。

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