『手間のかかる長旅(033) 理性的な町子の策謀』

化粧を直す時間がいる、と美々子(みみこ)が言うので、時子(ときこ)と町子(まちこ)は彼女を勤め先まで送っていくことにした。

警察署を後にして、美々子のドラッグストアの店舗前まで来た。

「時子、何かあったら私に連絡するんだよ」

美々子は時子の目を見て、捨て台詞のようなひとことを残し、店舗内に駆け込んで行った。

時子は美々子の背中を見送った。

胸に来るものがあって、時子は思わず涙ぐんでいた。

「何も泣くことはないでしょ…」

涙ぐんでいる時子を見て、横に立つ町子は呆れている。

「だって」

「ああは言ってるけど、美々ちゃんに任せておいたらみんな血まみれになるんだよ」

なんでそういうことを言うのだ、と時子は町子をにらんだ。

「その言い方はひどくない?」

「自分では的を得てると思う…」

時子ににらまれ、町子は言葉尻をにごした。

「だって、さっきだって下手すれば大事になってたかもしれないじゃん」

クレームの件だ。

そこは、時子も反論できなかった。

もともと警察署には行きたくなかったのに、美々子の勢いに逆らえず、時子も町子も同行してしまったのだ。

さらに件の警官についてのクレームも入れることになってしまった。

「受付で話し聞いてくれた警察の人がそれなりの対応してくれて、よかったと思う」

町子は冷静なことを言う。

町子は荒れた状況を黙って見ていながら、そんなことを考えていたのである。

時子は、少し町子のことを尊敬した。

だが、自分のためにひと肌脱いでくれた美々子のことを、弁護しておかなければならない。

「でも美々子さん、私のためにあれだけ怒ってくれたんだから」

「それは確かだね」

二人は歩き始めた。

北風が吹いて、道の上でほこりを巻き上げている。

「でも本当さ、ああいう血の気の多い子は、端で見てる分には魅力的だけど」

町子は言った。

「私たちまで血なまぐさい展開に巻き込まれるようなら、そうも言ってられないよ」

「今回のことは私が原因だから」

「それはわかってるよ。でもそれにしたって。美々ちゃんが暴走しそうになったらブレーキかけるべきなのよ。私たちも」

理性的なことを言われて、言葉も出ない。

本当ならそういう理性的なことは自分が町子に言いたい、と時子は思った。

だが警察署では町子だけが始終傍観していられる状況にいられたので、仕方ないのだ。

「旅先のことも。美々ちゃんは我を通そうとするでしょう?」

「うん」

「あの子にも、他の人の意見を尊重してもらわないと駄目」

「どうするの?」

美々子は説得が難しい相手だ。

今日にしても、金曜日を前にして美々子に根回しをしておくはずが、結局何の懐柔もできなかった。

「あのね、弱みを握るの」

「弱み?」

時子は反射的に町子の顔を見た。

町子は平気な顔をしている。

「どういうこと?」

「美々ちゃんが荒ぶったときに、あの子をおとなしくさせるようなものを見つける」

「そんなものがこの世に存在するとは思えないけど」

「さっき食堂で、なんで台湾がそんなにいいのか私が突っ込んだでしょ」

「ああ、そう言えば」

旅で台湾に行きたいと強硬に主張する美々子に対し、町子は粘り強くその理由を尋ね続けた。

執拗に迫られても、美々子は明確な答えを出せなかった。

「あの子あの場では否定したけど、やっぱり彼氏さんか誰かに吹き込まれたんだと思うよ」

「そうなのかな。でもそうだとしても、それと時子さんの言う弱みと、どういう関係があるの?」

「だから。そういう界隈を探れば、人の弱みは見つかるの」

町子は澄ました顔で言う。

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