『戦乱の世、長芋を脅し取る』

米びつには米一粒すらない。 

「もう食べるものがないよ」 

米びつの中をのぞきながら、おっかさんがそうおっしゃる。 

長引く戦乱で、稲の手入れに人手は割けず、かろうじて実った稲穂には火がつけられた。 

でもこうして家が残り、母子で無事生きていられるだけでも幸運だ。 

「仕方ない、おっかさん。あれらを食べましょう」 

「いやだよあたしは」 

おっかさんは悲鳴をあげる。 

おっかさんも筋金入りだ。 

「だって、もうお米がないのでしょう?」 

「だからってお前、あんなものを食べる気にはならないよ」 

強情なおっかさんの気持ちはわかるが、今は戦乱の世なのだ。 

命をつなぐことが一番大事だ。 

「私、あれらを取ってきます」 

「おやめ」 

おっかさんの絶叫は悲惨だ。 

「あんなものを食べるぐらいなら。山に入って三里も行けば、栃の木が生えている。私が栃の実を取ってくるから、それまでお前はここで待っておいでよ」 

「栃の実なんて、もう残っているものですか。山は雑兵が荒らしてしまいましたよ」 

山にはまだ食べられるものが残っているかもしれない。

 でもそこには獣もいるし、地頭様の足軽もいれば、敵方の雑兵もうろついている。 

そんなところにのこのこ出向いていくわけにはいかない。 

それに比べて、あれらは家のすぐ裏手に生えているのだ。 

「ちょっと行ってきますね」 

「おやめよお」 

足にすがりついてくる母を何とか引き離して、むしろ戸をめくり、私は家から出た。 

村はひっそりとしている。 

おなかがすくから皆、家の中でじっとしているのかもしれない。 

それとも、危ないのを承知で山に出かけたのか。 

何てことをする。 

うちの家の裏に来れば、いくらでも食べ物は手に入るのに。 

まあ私もおっかさんも、米がなくなるぎりぎりまで、あれらを食べる気にはならなかったのだけれども。 

覚悟のしどきだ。 

うちの家の裏手から少し坂を下っていくと下に崖があって、みんなそこにごみを捨てるのだ。 

みんな何を捨てたのだかわかったものじゃない。 

その崖下にたまった瘴気が立ち昇って、うちの裏手の物置小屋にぶつかり、あれらが生まれたのかもしれない。 

物置小屋の外の土壁に、あれらが群生している。 

私は腰帯に手頃なびくと草刈り鎌とを結わえ付けて、物置小屋に向かった。 

 

私が近づいてくるのを、それらは興味津々の顔で見ていた。 

「オイお前。何しに来た」 

それらの一匹が言った。 

野太い声だ。 

なるほど野太い声を出しそうな顔をしている。 

土壁一面に、饅頭のような形の大きな白い塊がいくつも生えている。 

そのうちのひとつに、ひげ面の男の丸々とした顔が浮かび上がっている。 

そいつが私に話しかけているのだ。 

「オイお前」 

「静かにしなさい」 

私は怒鳴りつけながら、持ってきた草刈り鎌を腰から外し、右手に握った。 

「こやつ、わしらを刈り取る気ぞ」 

別の、頬のこけた顔が言った。 

こいつもひげ面だ。 

群生するそれら白饅頭のそれぞれに、もれなく顔がついている。 

まだ小さいつぼみのようなそれにすら、しぼんでくちゃくちゃの赤ん坊のような顔がついている。 

それらはどんどん大きくなる。 

大きくなったら、もれなくひげ面に育つのだ。 

何の因果だろう。 

「やめておくれ、やめておくれ」 

大人げなく泣きじゃくるひげ面がいる。 

こいつから刈ってやろうか。 

「わしらを生で食っても旨くはないぞ」 

舌なめずりする私の気配を察したか、頬のこけた一匹が目をぎょろぎょろさせながら言う。 

「生で食べてはいけないか」 

「いけない。やめよ」 

「どうすれば旨い」

 「そうじゃな、味噌と醤油で煮れば旨い。そうじゃ、あさりと椎茸でだしをとればもっと旨いぞ」 

私は口をつぐんだ。 

こいつは、こんな村に味噌も醤油も残ってないことをわかって言っているに違いない。 

私たちの村は山間で、あさりがいるわけもない。 

椎茸などとっくに雑兵どもが取り尽している。 

馬鹿にしている。 

「お前を刈ることに決めた」 

私は頬のこけたひげ面に残忍な声で告げた。 

「おぬしは何でそんな無慈悲なことを言う」 

ひげ面は泣きじゃくった。 

「おなかが空いているから仕方がない」 

「やめてくれ、堪忍してくれ」 

私は、ひげ面の白饅頭の根元をつかんで、草刈り鎌の切っ先をあてがった。 

他のひげ面たちも悲鳴をあげる。 

「お願いじゃ、もっと旨いものをやるから許してくれ、お願いじゃ」 

頬のこけたひげ面が、口から泡を吹きながら叫んだ。 

私は手を止めた。 

「どこにもっと旨いものがある」 

「この物置きの、反対側にまわれ。わしらの裏側じゃ。その下の土中を掘ってみよ」 

泣きながら、私をにらみつけて言う。 

「たばかったら、今度はお前たちを刈るよ」 

「たばからぬ」 

私だってこんなひげ面たちを食べるのはできれば御免こうむりたい。 

半信半疑ながら、物置きの裏側にまわった。 

そこの土壁は、変なものは何もついておらず、綺麗なものだ。 

言われた通り、私はその下の土を、鎌の先で軽くかいてみた。 

土が軟らかい。 

手で掘れそうなので、両手でかいてみた。 

いくばくも掘り進まぬうち、私は白いものに行き当たった。 

長芋だ。 

物置きの下に、ごろごろと長芋が埋まっている。 

 

私は長芋をびくに入れて持ち帰った。 

家でそれらをすりおろして、とろろにしておっかさんと一緒に食べた。 

塩も味噌もなくたって、長芋とろろは旨かった。 

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