『手間のかかる長旅(036) スマートフォンで、急な展開』
時子(ときこ)と町子(まちこ)は歩道の隅に立っている。
町子は、スマートフォンの画面を見ながら、タッチパネルの操作をしている。
慣れきったFINEの操作を通して、美々子(みみこ)の同僚とやり取りをしているらしい。
時子は、電柱に寄りかかって町子を見守っている。
町子のスマートフォンから、通知音が鳴り響いた。
「その人、今仕事中じゃなかったの?」
「うん」 画面に集中している町子は、時子の問いかけにも生返事だ。
ぷにぷにぷに。
指先での操作は手馴れている。
また通知音が鳴った。
リアルタイムでチャット中なのだろう。
「美々子さんのこと、さっそく訊いてるの?」
「いや…」
生返事。
かつ操作を続ける。
通知音が鳴る。
操作。
ぷにぷにぷに。
端で見ている時子は、状況が読めないので気を揉む。
通知音。
「ねえ、どういう状況か教えてくれない?」
時子はじれた。
初めて、町子は困った顔を時子に向ける。
「どうしよう」
「何、どうしたの?」
時子は町子に飛びついた。
「あのね、会いたいって」
「どういうこと」
「その人が、今から会って話をしたいって言ってるよ」
「え、今から?短時間でそこまで話進んだの?」
えらく急な展開である。
「美々子さんの近況とか聞いた?」
「いや、まだ全然。とりあえず挨拶してたら、久しぶりだから会って話したいって」
「へええ」
社交的な町子には社交的な人が集まってくるのかもしれない。
そういう展開になっても無理はない。
私だったら疎遠だった人といきなり会う話なんかしない、と時子は思った。
ただ、状況が状況だ。
美々子の交友関係を探るうえでは、格好の機会になるかもしれない。
「どうする?」
町子は、助言を求めている。
「会って話しましょうよ。込み入った話題だし、顔合わせての方が話しやすくない?」
当然自分一人の場合なら見知らぬ人とむやみに会ったりしないが、町子がいるなら別なのだ。
「そうね。じゃあOKって言っておくね」
町子は相手に返答を送った。
「待ち合わせ場所どうしようか…」
時子の方を上目遣いに見る。
「立ち話っていうわけにもね」
「そうよね。じゃあ、あの喫茶店にする?」
自分で答えながら、また出費だ、と時子は思った。
これでは何のためにお昼を手作り弁当で、それも警察署の食堂まで行って済ませたのだかわからない。
だが美々子の弱みを探るためだ。
多少の出費はやむを得ない。
町子が件の喫茶店の場所をFINEで相手に教えている間、時子は店でのコーヒー一杯の値段を思い出そうとしていた。
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