『正体不明のチラシ束』

義雄(よしお)はむかむかしている。 

アパートの自室で朝起きて、郵便受けに新聞を取りに行くと、中にいっぱいものが詰まっている。 

大量の古い広告チラシである。 

どれも裏地が白く、その裏側に太字のマジックペンで手書きの文章が書きなぐられている。 

それは「帰れ!」だの「お前が引っ越せ!」だの「不細工!」だの、罵詈雑言をそのまま書き連ねたような内容だ。 

大量の広告チラシの裏側にもれなく似たような文句が書いてある。 

「誰だよ、もう」 

直接自分にぶつけられた他人の悪意に、気分が悪くなった。 

郵便受けには朝刊が入っていない。 

扉を開けて外の通路をのぞくと、自室の前に丸まった今朝の新聞が落ちていた。 

郵便受けがチラシでいっぱいだったので、新聞が入らず配達員が通路に置いて去ってしまったらしい。 

朝からそんな目に遭って、義雄はむかむかしている。 

悪質ないたずらチラシは、出勤する際ついでに全部アパートのごみ捨て場に捨ててきた。 

嫌がらせを受ける心当たりは無い。 

だが、世の中には一方的に他人に反感を持って嫌がらせする人間もいるのかもしれない。 

仕事中も、義雄は犯人を見つけたら怒鳴りつけてやる、などと考えて腹の虫が収まらないのだった。 

 

夕方になって帰宅した。 

自室前の通路に、夕刊が落ちている。 

嫌な予感がした。 

鍵を使って扉を開け、扉の裏側に付いた郵便受けの中を確認する。 

まただ。 

また、罵詈雑言を書き連ねたチラシが大量に詰め込まれている。 

「ああもう本当に、ふざけんなよ」 

玄関先で、義雄はつい大声を出して罵っていた。 

チラシの束を力任せに抜き出して、思いっきり通路に叩きつけた。 

「ちょっと、静かにしなさいよ」 

隣の部屋の扉が開いて、隣人が顔をのぞかせる。 

「あっすみません」 

義雄は反射的に謝った。 

隣人は中年の女性である。 

不機嫌そうにこちらを見ている。 

顔を合わせれば挨拶をするぐらいで、特に付き合いがあるわけではない。 

嫌がらせチラシを送りつけられたうえに隣人から注意までされて、気分がよくない。 

バツの悪さに義雄は頭をかいた。 

扉の間から見ている隣人の視線が、通路の上のチラシの束に止まった。 

「あれ、そのチラシ。あんたも?」 

妙なことを言う。 

「え、あんたも、って」 

「そのチラシの束、うちの郵便受けにも詰め込まれてたんだよ」 

隣人は眉をひそめながら言った。 

「え、そうなんですか」 

新事実だった。 

「今朝郵便受けに放り込まれてて、今見たらまた入ってたんです」 

義雄は隣人に説明する。 

「そうなの。困るわね。うちは昨日だけどね、あのオバンが私の留守中に嫌がらせに投げ込んでいったんだよ」 

「あのオバン?」 

「かっとなってごみ捨て場に捨ててきたんだけど。あんたもオバンと何か揉めたの?」 

「あの、そのオバンって誰です?」 

「誰って、通りの酒屋のオバンよ」 

「いや、俺は特にその人と揉めてはないんですが」 

「なのにチラシ入れられたの?おかしいね」 

隣人も義雄も首をひねりながら、部屋に戻った。 

畳の上にあぐらをかいて、義雄は嫌がらせチラシの束と向き合った。 

ぱらぱらとめくってみる。 

「あれ」 

既視感があった。 

書かれている文句が、朝のものと同じだ。 

筆跡も同じ。 

それどころか、見覚えのある染みがついた紙もある。 

これは、俺が朝ごみ捨て場に捨てたのと同じチラシの束だ、と義雄は気付いた。 

この朝チラシを郵便受けに入れたその酒屋のオバンとやらが、ごみ捨て場から回収してまた入れたのだろうか。 

本当に心当たりがない。 

義雄はチラシの束を持って部屋を出た。 

アパート一階前のゴミ捨て場に来る。 

気軽にチラシの束を資源ゴミの箱の中に放り込んだ。 

近くで、扉の開く音がした。 

「ちょっと、あんた」 

振り返ると、大家が立ってこちらを見ていた。 

大家は高齢の男性である。 

渋い表情で、義雄を見ていた。 

大家は一階の、ゴミ捨て場の手前の部屋に住んでいる。 

「あ、こんばんは」 

義雄は頭を下げて挨拶した。 

だが、大家は渋い表情のままだ。 

「こんばんは、じゃないんだよあんた」 

「えっ」 

「いい加減にしてくれよ毎日毎日」 

わけがわからない。 

「何のことですか」 

「そのチラシの束だよ。資源ごみの回収日はまだ先なのに、毎日毎日」 

あっ、と義雄は思った。 

確かに、各種ごみは回収日の当日朝まではごみ捨て場に捨てないように、と言われている。 

「昨日、あんたの部屋の郵便受けに戻しておいただろう。それをまた性懲りもなく捨てに来て」 

「すみません」 

謝りながら、それにしても一度捨てたものを郵便受けに入れることはないじゃないか、と義雄は思った。 

だいたい、このチラシの束を最初にごみ捨て場に捨てたのは自分ではないのだ。 

 

小言を言い続ける大家に何度も頭を下げながら、義雄はそろそろ転居のことを考え始めていた。

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