『コーヒーをすすり、自室で萎縮する夜』
人をからかうようなことばかりだ。
今日子(きょうこ)は自室で萎縮していた。
さっきから、からかわれるようなことばかりである。
夕食後、台所で洗い物をした後、自室に戻ってきた。
自室の扉を開けると、電灯がついたままになっている。
使っていない部屋の明かりは、こまめに消す習慣の今日子である。
おかしい、と思ったが自分の思い違いかもしれない。
うっかり消し忘れてきたのかもしれないからだ。
そのまま自室でしばらく過ごした。
コーヒーが飲みたくなった。
それでコーヒーを淹れようと思って台所に来たのである。
台所の明かりがついたままになっている。
自分の胃を、誰かの手でつかまれたような気持ちがした。
今度こそは、確信があったのだ。
自室と違い、台所は利用する頻度が少ないから、出てくるときは特に念入りに照明を消すようにしている。
消し忘れるなどということは、滅多にない。
まさか、と思った。
コーヒーカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、お湯を注ぐ間にも、心は疑念にとらわれている。
私が自分の部屋にいる間に、誰か家に忍び込んだのかしら。
心配になる。
立ったまま、出来上がった熱いコーヒーをひとすすりしたところで、残りをテーブルの上に置いた。
台所の明かりを落とす。
台所から出た。
玄関に向かった。
扉が閉まっているかどうか確認する。
昨今は物騒になったと巷では言われているので、女一人暮らしの今日子も防犯には気をつけている。
外出先から帰った際には、必ず錠を下ろし、鍵をかけてから靴を脱ぐのだ。
扉は、ちゃんと閉まっていた。
だいたい、部屋の明かりならまだしも玄関の鍵をかけ忘れるということはないはずだ。
ひと息ついて、コーヒーの残りを飲みに台所に向かった。
台所の明かりが、ついたままになっていた。
今日子は台所の入口に立ちすくんだ。
玄関のことを心配し過ぎて、明かりの扱いがおざなりになった?
そんなことはない。
コーヒーを一口飲んだ後、ちゃんと台所の入口で照明のスイッチを触って、暗くしてきた記憶がある。
おかしい。
顔を強張らせながら、テーブルに近づいた。
コーヒーカップを取り上げる。
コーヒーの残りを口に運ぼうとして、気付いた。
残っているコーヒーの量が、少なかった。
玄関を確認しに向かう直前、ほんの一口すすっただけだ。
今残っているのは、カップにたっぷりとあったコーヒーを一口すすった量ではない。
誰かが、自分が台所を留守にしている間に、人のコーヒーを飲んだ。
今日子は、即座にコーヒーのカップを口から遠ざけた。
流し台まで早足に行き、カップをシンクの中に叩きつけるようにして置いた。
台所の照明を消して、出てきた。
もっとも、次に入ってくるときにどうなっているか定かではない。
自室に走って戻ってきた。
部屋の照明がついたままだったが、出てくるときに消してきたかどうか記憶が曖昧だった。
だが、たぶんからかわれているのだ。
今日子は机を前にして椅子に座っている。
全身に毛布をかぶり、萎縮して座っている。
からかわれるのは、もう慣れっこだ。
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