『手間のかかる長旅(041) 耐える優児と、大胆になる時子』

町子(まちこ)は居住まいを正して、怖い顔になった。

「東さん、率直に言いますね」

向かい側の席の東優児(ひがしゆうじ)を見据えた。

「私、あなたにいろいろ聞かれてもブログに載せてる以上のことを答える気はありません。呼び出しておいて悪いですけど。今日はこちらの顔を立てて、美々ちゃんのことだけ教えてさっさと帰ってくれませんか」

「まあ」

味も素っ気もない町子の言い様に、優児の顔には心を傷つけられた者の表情が現われた。

横で見ている時子(ときこ)の胸が痛む。

だが、優児はすぐに笑顔に戻った。

「そうね。町子さんがそう言うなら。私も、立場をわきまえることにするわ」

そう言いながら、優児の細い指が、彼と時子の座るソファーの表面を落ち着きなく行き来している。

時子は横でしっかりと気付いている。

「そうしてもらえるとありがたいです」

つんと澄まし顔で言う町子のことを、時子は今回ばかりは憎たらしく思った。

改めて町子は、目を細めて嫌な顔で優児を見る。

「で、東さん。お聞きしたいんですけど。あなたは美々ちゃんとはそれなりに親しい、ってことでいいんですよね?」

町子は遠慮もなく切り込んだ。

「ええ、そのつもりです」

町子の他人行儀が移ったのか、答える優児も緊張感のある敬語で答えている。

強張った笑顔を保って、健気な受け答えだ。

「では、込み入った事情もご存知です?」

「込み入り具合にもよりますけれど、知っているつもりですわ」

粗野な悪徳刑事に尋問される上流階級の令嬢、そんなイメージを時子は想像した。

当然優児が令嬢である。

悪徳刑事は言わずもがな。

「男性関係も?」

「それは」

優児は戸惑いを見せる。

「あの、どうでしょうか。あまりその種の話題は。美々子さんに断りもなく、この場で私の口から言うのは」

思慮深いことを言う。

時子は、優児への好感を深めた。

だが、町子は鼻で笑った。

「今さらそんな綺麗ごとを言われても、こちらとしては困りますね」

低い声で言った。

優児と時子は、同時に体を震わせた。

町子は警察署で悪徳警官の亡霊にでも取り憑かれてきたのだろうか。

「綺麗ごとだなんて、そんな」

さすがに今度の町子の言い草には耐えかねたか、優児は涙声になっている。

彼が慕っている…らしい町子からの仕打ちに、傷ついているのだろう。

時子は気の毒になった。

思わず右手を伸ばして、ソファの上の優児の左手を握っていた。

優児が驚いて時子の顔を見る。

時子は相手の目を見返して勇気づけようとしたのだが、自分のしたことが恥ずかしくなってすぐ目を逸らした。

柄にもなく、大胆なことをしてしまった。

だが、優児が拒まないのをいいことに、彼の手の上に自分の手を置いたままなのだ。

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