『ハンバーガーを食べさせない』
たまにはハンバーガーを食べよう、と思って義雄(よしお)はハンバーガー店に来た。
店舗の近くに来ると、人だかりができている。
集まった人たちが、店舗入口に殺到していた。
なんでさっさと店内に入らないのだ、とあやしく思いながら義雄は群集に近づいた。
店に近づいてみてわかった。
入れないのだ。
店舗入口のガラス戸には鍵がかけられ、その扉の内側に閉店を示す看板が立っている。
店内は照明がついておらず、従業員の気配もなかった。
ガラス戸に、張り紙がしてある。
騒いでいる人々の間を通り、義雄はその張り紙が読める位置にまで近づいた。
簡潔な文章である。
市の食品衛生課からの通達があり、市内の各ファーストフード店が営業停止を求められた経緯が記してある。
その一環でこの店舗も当面の閉店を余儀なくされたとある。
文面は謝罪の言葉で締められていた。
「え、何これ。おかしいだろ」
思わず義雄は声をあげていた。
近くにいる人たちも同意するように、おかしいおかしいと口々に言っている。
なぜ食品衛生課が営業停止を求めたのか、その理由が書かれていない。
おかしい、と思いながら義雄はその場を離れた。
ハンバーガーが食べたい気持ちなのだ。
他のファーストフード店に行って確認してみようと思った。
1キロばかり歩いて、市内の別のチェーン店にたどり着いた。
そこにも、人だかりができている。
やはり、行き場を失った人たちが店舗前にあぶれているのだ。
失望したが、念のため義雄は店舗入口に確認に向かった。
張り紙がある。
先に訪ねたファーストフード店と似たり寄ったりの内容で、市からの通達でしばらく閉店する旨書いてある。
やはり、業務停止の理由については触れられていない。
義雄はいらだった。
ハンバーガーが食べたい気持ちのときに、理由も知らされずにそれを取り上げられれば怒りが湧いてくる。
怒りのやり場を求めて義雄は、市の食品衛生課に電話をかけてやろう、と思った。
義雄は店舗の裏側にまわった。
そこには駐車場があるが閉鎖されて、車も人の姿もない。
店の壁に寄りかかって、スマートフォンで市役所の連絡先を調べた。
電話をかける。
電話口に出た交換手に頼み、食品衛生課の担当者に繋いでもらう。
飢えと怒りとで相手を怒鳴りつけたい気持ちの義雄は、それでも話を円滑に進めたくて、電話を変わった担当者相手に丁寧に切り出した。
市内のファーストフード店が業務停止処分を受けている理由を教えてください。
「いや、あれは処分というわけではないんですね。行政の側に事情がありまして、それでやむを得ずの措置を取ったわけです」
ハンバーガーに衛生上の問題でもあるのですか。
「あ、いいえ、そういうわけではないのです。ただご説明が難しいのですけれども、市民の皆様にはご迷惑をかけて申し訳ありません」
いったい何の理由でファーストフード店が閉鎖されているのですか。
「ですからご説明が難しいのですけれども、一種の政治的な判断でそうした措置をとっています。ご迷惑をおかけしております」
担当者の回答はまったく要を得ない。
やたらに謝るばかりで、あとはのらりくらりとごまかして済ませようという魂胆が丸見えなのだ。
義雄のいらだちは高まり、話を切り上げて挨拶もそこそこに通話を終わらせた。
おかしいだろ。
ハンバーガーの提供を妨害するのに何の政治的判断があるのだ、と納得できない。
空腹だった。
仕方ない、と義雄は思う。
スーパーマーケットに向かった。
自分でハンバーガーをつくろう、と思った。
店内をまわり、トマト、玉ねぎ、牛挽肉、パン粉、瓶入りピクルス、スライスチーズの順にカゴに入れた。
あと必要なのはバンズだけなので、パン類のコーナーに行く。
しかし、してやられた。
いつも置いてあるハンバーガー用バンズの棚に、「当面販売中止」の札がかかっている。
悔しい。
こんなところまで手を回すことはないだろう、と思う。
やむを得ずイングリッシュマフィンで代用することにした。
食パンにするかどうか迷ったが、食パンでは少し物足りない気もしたのだ。
帰宅して、挽肉等でハンバーグをこねてフライパンで焼いた。
野菜類と共にイングリッシュマフィンで挟んで食べる。
旨い。
ハンバーガーとは食感が違うが、ともかくも義雄のハンバーガー欲を満たしてくれる。
飲み物はコーラだ。
フライドポテトは、出来合いのレトルトのものを電子レンジして間に合わせた。
まだぷりぷりと怒りながら、義雄はそれなりのハンバーガーセットを楽しんだ。
セットをたいらげて、近いうちにファーストフード店の営業が再開されることを義雄は祈った。
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