『楽しいゾンビの人の街』
薄暗い夜の街が、人の影であふれ返っている。
青白い人々の顔が、わずかな街灯の明かりに照らされて闇の中に浮き上がっていた。
誰もが目を閉じたまま、両手を前に突き出している。
開けた口から唾液を滴らせながら、歩き回っている。
徘徊している、と言った方が正確かも知れない。
ゾンビの人の街だ。
老若男女、分け隔てない。
子供までいる。
まずいところへ来てしまった、と隼人(はやと)は思った。
夜間のピザ配達は、これだから嫌なのだ。
だいたいこの街は配達区域内すれすれの位置にある。
隼人が勤務する店舗から遠いので配達に時間がかかる。
もっと近い場所に別のピザチェーンがあって、この界隈の住民はそっちのピザ店を主に利用しているはずなのだ。
それで隼人の店に配達依頼の電話が来ることは少なく、あってもこれまでは隼人以外の同僚が受け持っている。
今日の隼人は、運が悪かった。
なんでだよ、と思いながら隼人はスクーターを低速で走らせた。
ゾンビの人々が車道上にまであふれだしていて、危ない。
今、車道を走っているのは自分のスクーターだけである。
街がゾンビであふれかえっていることを見越してか外部から車の流入はないし、内部はゾンビばかりで運転する人がいないのだ。
隼人ばかりが目立っている。
誰か轢いてしまっては困るので、低速低速で行く。
「あうううう」
うなりながら路上を歩くゾンビの人の横を通り過ぎた。
女性だった。
夜遊びに出かけるところでゾンビになったのか、ずいぶん着飾っている。
それにも関わらず、よだれを垂らしているのだった。
彼女は目をつぶったまま両手を体の前に緩く突き出して歩いている。
隼人はなんだか気の毒だった。
だが、人のことをばかり考えてもいられない。
彼はピザを届けなければならないのだ。
スクーターのハンドルに取り付けたナビゲーターの画面は、配達先の住所を示している。
近くだった。
この界隈にもゾンビは多い。
路上に出た彼らの間を隼人は縫って走り、最終的に住宅先の路上にスクーターを停めた。
エンジンをかけたままにする。
すぐ戻ってこなければ。
配達先は一戸建ての住宅だ。
「クイックピザです、ご注文のピザお届けにあがりました」
門前でインターホンを押して住人に来意を告げている間、背後をゾンビの人たちがうろうろしている。
隼人はちらちらと後ろを振り返った。
犬を散歩させている最中にゾンビになったと思われる壮年の男性が、片手でリールを持ったままのろのろと進んでいく。
先を行く飼い犬は、飼い主の歩みが遅いので時々立ち止まり、振り返ってはいらだった様子で見ている。
犬はゾンビにならないのだ、とちょっとした発見に隼人は感心した。
住宅の玄関先で、出てきた客と顔を合わせた。
「どうもご苦労さん」
小太りの中年男性だ。
彼はゾンビではない。
ピザを渡して、代金を受け取りながらも隼人は気になって仕方がない。
「失礼ですが、お客さんはゾンビじゃないんですね」
はやくスクーターに戻らなければならないのだが、好奇心に負けて聞いてしまった。
「俺?ああ、そうねえ」
男性は聞かれて一瞬怪訝な顔をしたが、合点がいったらしい。
「越してきた当初は俺もゾンビになったけどね。もう飽きちゃったんだよ。街の人はよく続くよな、他に趣味ないんだろ」
若干嘲るような調子で言う。
ピザのケースを抱えて家の中に引っ込んだ。
玄関が閉まった。
隼人はスクーターに戻った。
うろうろしているゾンビの人たちを避けながら、街を後にした。
店に帰る道を走りながら、ゾンビ街のことを考えている。
飽きるとは言っても、多くの人がああやって楽しんでいるのだから。
ゾンビになるのは病み付きになるのだろうな、と隼人は少しうらやましいのだった。
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