『夕食のための徒労』
買い物に行って買うべきものを買わないまま、買わなくていいものばかり大量に買って帰ってきた。
「ああ…」
店で買い物をしながら、真理(まり)は自分でも何かが足りないと思っていたのだ。
それで思いつくままに、目的のものではないかと思われるものを次々にかごに放り込んだ。
どうもすっきりしないので、そうやっていろんなものをかごに入れ続けるうちに、いっぱいになってしまったのである。
そうして、目的のものが何だったか思い出せない、と苦しみながらも買い物を済ませて帰ってきた。
家に帰ってきたとき、母はいなかった。
だが台所のテーブルの上に、買うべき品が書かれたメモ用紙が置かれたままなのを見つけた。
そこに、「じゃがいも、玉ねぎ、ソーセージ、コンソメ」と書かれている。
ああ、そうだった、とため息をついたがもう遅い。
真理が買い物してきた品々の中に、コンソメはなかった。
確か母は夕食にポトフをつくる、と言っていた気がする。
買い物頼むんならメモ帳ちゃんと渡しなさいよ、と真理はいらだった。
母はでたらめだし、いつもどこか抜けているのだ。
真理には口頭でじゃがいも、玉ねぎ、ソーセージ、コンソメを買ってくるように命じた。
おつかいするのはいいけどメモをくれ、と真理が苦情を行ったときには母は面倒がって、書いてくれなかったのだ。
真理が買い物に出かけたあと、メモを書いたらしい。
そんなことをして、いったい何の意味があるのだろう。
ため息がでた。
ただ、母をあてにせず自分でメモを取っておけば困ることもなかったので、自分にも落ち度はある。
真理はあきらめた。
テーブルの上のメモ用紙を取った。
コンソメ以外の、すでに買った品の上にボールペンで横線を引く。
メモ用紙をスカートのポケットに入れて、再び買い物に出た。
一度行ったスーパーマーケットにまた行ってコンソメを買い、戻ってきた。
母がいる。
台所のテーブルを前にして椅子に座っている。
彼女の目の前には、大きく膨れたスーパーの袋がある。
真理が最初に買ってきたのとは別の袋だ。
真理は、自分が買ってきたものを冷蔵庫などに片付けてから出てきている。
「お母さん、どこ行ってたの?」
真理はコンソメをテーブルの上に置いた。
母がそれを見る。
「あ、コンソメ。あれ、私あんたにメモ用紙渡してたっけ?」
「渡してないよ。口頭で頼んだでしょ」
「やっぱりそうか」
「そうよ。で、私コンソメ買い忘れて帰ってきたの。テーブル見たらメモ用紙あったから。コンソメ買い忘れてた、と思ってまた行って買ってきた」
徒労感をにじませながら真理は言った。
預かった代金のお釣りと、レシートを母に手渡した。
「ああ、それでメモ用紙なかったのか」
母は無邪気な顔で言う。
真理がこうむった手間については特に何の感慨もないらしい。
母はそういう母なので、真理はあまり気にしないように努めた。
それより、母の目の前にある袋が気になる。
「母さんも買い物に行ってたの?」
「うん…」
母は歯切れが悪い。
「私、あんたに買うものをちゃんと伝えたかどうか、思い出せなくなってさ。真理ちゃん自分の買うもの忘れて帰ってくるかもしれないから、やっぱり私が自分で買い物に行こうと思ったの」
「何よそれ…」
悪びれもせず白状する母を目の前にして、真理は気が遠くなりそうだった。
「で、あんたの言ってた通り、買い物するならメモがある方が確かに楽だな、と思い直したのね」
真理は黙って母を見据える。
「メモ書いたのよ。でも、それを持ってくるの忘れちゃって。それにお店行ったら私、今夜何つくるつもりだったか何だかぼんやりしててさ。思い出そうとしていろいろ買ってきちゃった」
笑いながら、目の前の袋を指差した。
「そうそう、ポトフつくるつもりだったのよね。材料がじゃがいも、玉ねぎ、ソーセージ、コンソメだっけ。不思議と一個もかすらなかったわ。ははっ。関係ないものばかり買ってきたから、今夜はやっぱり違うものつくろうかな」
真理は無言でその場を後にした。
部屋に閉じこもって、夕食前にも母の手伝いなどしなかった。
夕食の席にも顔出さなかったので、夕食が何だったのか、知らない。
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