『手間のかかる長旅(047) 寒がりの友人を連れて喫茶店へ』

しょうがを使った手作り弁当を食べたおかげで、体が温かくなってきた。

元気が出る。

時子(ときこ)は気分が良かった。

これから町子(まちこ)ともう一人の友人に会うことになっている。

今日は何にも心配することはない、と気楽にかまえた。

「寒いところで待たせてごめん」

ベンチに座って読書をしている時子に頭上から声がかけられた。

時子は顔を上げた。

町子が来ている。

町子の横にもう一人の友人、アリスも立っている。

背の高い、長い金色の髪を持った女性である。

彼女は時子と町子よりもいくつか年上だった。

しばらく前に二人と知り合って、それ以来懇意にしている。

まだそこまで寒くなってはいないのに、かさのある毛皮のコートを体に巻きつけて大げさだった。

「なんでそんなごつい格好してるの?」

思わず噴出しそうになって、時子は聞いた。

「寒いにゃ」

アリスは口先をすぼめ、早口に答える。

寒そうな仕草だ。

「でも、まだちょっと北風が吹いてる程度でしょ」

「お前たちとは体のつくりが違うにゃ」

顔をしかめ、両腕で身を抱いている。

腕先に小さなハンドバッグをかけている。

彼女は外国の温かい土地から日本に来ていて、寒さに弱い。

「はやく家の中に入ろう。こんなところで雑談してると風邪引くにゃ」

寒そうなアリスは座っている時子に手招きして急かしている。

横で町子も同意の顔つきだ。

「時ちゃん、今日もあの喫茶店でいいでしょう?」

時子にも異論はなかった。

三人で、時子と町子行きつけの喫茶店に向かった。

「いらっしゃいませ」

カウンターの中から、見慣れた女性従業員が出迎えた。

時子の気のせいか、どことなく親しみを顔に浮かべているように見える。

今日で四日連続の来店なのだ。

もう少しで常連客になれるかも、と時子は思った。

相変わらず店内に他の客はいない。

カウンター席には、身じろぎもせずスマホに見入るエプロン姿の男性客。

いつも通りだ。

三人で店の奥のテーブル席に向かう。

町子とアリスが奥のソファ、時子が手前のソファに一人で座った。

アリスは自分の横に来るだろうと時子は思ったのだが、彼女は迷うことなく町子の隣に座った。

「実は、あの二人が気になるにゃ」

時子の視線に気付いたか、言い訳するようにアリスは言う。

緩く暖房の効いた店内で、毛皮のコートを着たままだと暑そうだが、アリスはそうでもなさそうな顔で座っている。

「あの二人って、店員さん?」

「そう。あの女と、手前に座っている怪しい男。ここから見張っていたい」

アリスは不躾に言った。

「なんでよ。男の人が幽霊だから?」

町子が何気なく言うので、時子は気を揉む。

せっかくこれからこの店を仲間たちの会合場所にしたいのに、アリスに変な印象を与えて欲しくないのだ。

「え、幽霊なの?」

アリスは驚いて町子を見た。

町子は当然のようにうなずいている。

「そんなわけないでしょう。ちょっと変わった人なだけよ」

時子は見も知らない男性客を擁護するはめになった。

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