『濡れ衣で絡まれる』

繁華街で、通りがかりの男とすれ違いざま、義雄(よしお)は襟首をつかまれた。

「やっぱりお前じゃないか、この野郎」

人の喉元を締め上げながら、目を剥いてにらみつけてくる。

年齢は不明である。

頭をつるつるに剃り上げていて、若いのだかそれなりの年だか外見からわからないのだ。

ただ、鬼気迫る表情の男だった。

怒りに燃える目で義雄をにらみつけている。

「な、何をするんです」

「何をするじゃねえ、お前この頃、日に二度も三度も俺とすれ違うじゃねえか」

「し、知りません」

 

「ふざけんじゃねえ、俺のこと尾行してるんだろう」

見知らぬ男と顔を突き合わせて、怒鳴られる。

ぎりぎりと首が締まり、苦しくなる。

やたらめったにもがいたが、男の力は強い。

体は自由にならない。

状況を目撃していた通りすがりの人々から悲鳴があがる。

繁華街の路上で通行人たちは立ち止まり、揉めている男と義雄とを遠巻きに囲んで、眺めているのだ。

誰か警察を呼んでくれ、と義雄は思った。

きゃあっ、とまた別の悲鳴が上がった。

悲鳴はそれなりでいいから警察を呼んでくれ、通報してくれと義雄は思っている。

「さっさと認めろ、この野郎」

義雄に尾行されていると思い込んでいるらしい男は、人の襟首をつかんで締め上げるのが唯一の目的だったかのように義雄を締め上げる。

義雄はやめてくれ、という目をしているのだが、いっこうにやめようとしない。

義雄のことを犯罪者か何かと思い込んでいるのに違いない。

「ご、誤解です」

「誤解で日に二度も三度もすれ違うわけないだろ」

「いや、いま初めてすれ違いました」

「嘘つくんじゃねえよ。こっちはお前の顔なんか見飽きてるんだ」

自分のような平凡な顔の人間なら世の中に何人もいるだろう、と義雄は思う。

目の前の男は、きっと誰かと自分を間違えているのだ。

「人違いですよ、放してください。警察呼びますよ」

できるだけこういった脅し文句を口にしたくはなかったが、男があまりに人の話を聞かないから仕方ない。

警察の名を出すのはトラブル解決の最終手段だ。

「警察?お前の立場で警察を呼べるものなら呼んでみろ、尾行犯が」

男はひるまなかった。

なおいっそう義雄をにらみつける。

「だが、お前がそう言うんならな。いいだろう。警察に立ち会ってもらって話をつけようじゃないか」

男は居直った。

ようやく義雄の襟首から手を離した。

アイロンをかけたばかりの義雄の服は、もうぐちゃぐちゃになっている。

なんて日だ、と義雄は泣きたくなった。

お前が警察を呼べ、と男が凄んでいるので、義雄は仕方なく携帯電話を取り出した。

110番に電話するのは、義雄は実は初めてなのだ。

番号を入力する前に、何気なく自分たちを取り巻いている野次馬の方を見て、義雄は息が止まりそうになった。

群集の中に、にやにやと場違いな笑みを浮かべてこちらを見ている人間がいる。

そいつは、義雄と瓜二つの顔をしていた。

あいつだ。

義雄と同じ顔の男が、気味の悪い笑いを顔に浮かべながら、こちらの状況を見て楽しんでいる。

やはり男が言う通り、彼を尾行していたのだ。

あんまり自分によく似ているので、男が間違えたのも無理はないな、と義雄は思った。

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