『子供たちがトマトを無駄にする』
川向こうからトマトが飛んでくる。
熟した柔らかいトマトだ。
それはジュゼッペの足元近くに落ち、景気よく路面に四散した。
赤い痕跡を残す。
ジュゼッペが履いているジーンズにも破片が及び、トマト汚れができる。
「やめろ」
彼は川向こうに怒鳴った。
さらにトマトが飛んでくる。
びしっ、びしっ、と厳しい音をあげてトマトが路上に降る。
ジュゼッペは必死で身をかわす。
「やめろ」
一つ、二つ。
飛んでくるトマトの数が増している。
よけるのも難しい。
赤い砲弾のようなトマトの、軌道を早く予測して体を動かさなければ、直撃を受けてしまう。
「やめろってのほんとに」
降り注ぐトマトから逃げ惑うさなかに、ジュゼッペは川向こうを見た。
投げ手が数を増している。
最初はどこかの子供が一人、そこに立っていただけだった。
トマトも両手に持っているきりだったはずだ。
今は、五人になっている。
ジュゼッペはどの顔にも見覚えがない。
近所の子供ではない。
どこから来た連中なのだろう、と疑問に思う間もなかった。
彼らはそれぞれが足元にトマトをうずたかく小山に積んで、ひとつつかんでは川越しに投げてくるのだ。
五人からの一斉砲撃であるので、一瞬でも同じ場所にいるわけにはいかない。
右に左にと必死によけるうちに、ジュゼッペは疲れて足が思うように動かなくなってきた。
やられる。
判断は一瞬だ。
川に背を向けて、道沿いに立つ自宅兼店舗に入った。
古い煉瓦造りの小さな一軒家である。
一階でジュゼッペは書店を営み、二階で寝泊りしている。
路上に向かってショーウィンドウを持ち、自慢の稀少本を展示してある。
ガラスを割られて中の貴重な本を駄目にされてはたまらないので、あわてて店のシャッターを下ろした。
店内に逃げ込む。
そこは狭い間隔で書架の並ぶ、狭いが居心地のいいジュゼッペの空間だ。
背後で、バン、とシャッターがトマトを被弾する音。
バン、バンバン、と立て続けに鳴った。
ジュゼッペの背筋が寒くなる。
トマト祭りでもあるまいに、なんの酔狂だろう。
なぜ自分が狙われるのか。
カウンターを抜けて、店舗裏に出た。
階段がある。
階段を登り、自室に入った。
書斎と台所、寝室が一緒になったひと間である。
通りに面して、窓を持っていた。
ジュゼッペは窓に向かう。
店舗前のトマトにまみれた路上とその先の小川、そして川向こうに立ってトマトを投げてくる子供たちの姿が見える。
子供たちは窓の中にジュゼッペの姿を見るなり、窓に向けての砲撃に移った。
「やめてくれ」
窓の中で叫ぶ。
窓にトマトを投げつけられたら、窓ガラスが割られてしまう。
鎧戸を閉めなければ。
ジュゼッペは慌てて、鎧戸を閉めるために窓を開いた。
トマトが飛んでくる。
「あっ」
一瞬のことだった。
トマトはジュゼッペの顔面に直撃している。
重さをともなった柔らかいものに鼻先を打たれ、ジュゼッペは後ろにのけぞる。
トマトの汁と破片が、彼の顔から上半身に散った。
シャツの首周りが真っ赤になった。
木の床と窓枠にも飛び散っている。
とうとうやられてしまった、と袖口で顔を拭いながらジュゼッペは思う。
「とうとうやったぞ」
外で子供たちの歓声があがった。
ジュゼッペは窓の外を見た。
川向こうには、もう誰もいない。
ただ五つのトマトの小山が残っている。
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