『自室でゾンビ化、とがめる人もなく』
とうとう俺もゾンビになってみよう、と隼人(はやと)は思った。
と言うのもつい最近、彼はゾンビの街に行く機会があったのだ。
彼は宅配ピザの配達の仕事をしている。
依頼があって、ピザを届けにゾンビの街に出向いた。
そこで彼は、屋外にあふれて、ゾンビとして振る舞う街の人たちを見た。
仕事中、徘徊する彼らを横目で見ているうちに、隼人はうらやましくなったのだ。
その街に行ったのは、一週間ほど前のことである。
実は自分もそのときにゾンビ感染していたことにしよう、と隼人は決めつけた。
ゾンビ映画などを見る限り、人のゾンビ化はゾンビからの物理的接触によって引き起こされるケースが多いようだ。
隼人は街に出向いた折に、特にゾンビの人に噛まれたり危害を加えられたわけではない。
だがゾンビの伝播は物理的接触によるものとは限らないはずだ、というのが隼人の持論だ。
ゾンビの姿を目の当たりにした人のうち、ゾンビの素質がある者はゾンビと化す。
幸か不幸か、隼人には素質があったのである。
「あうううう」
苦しげなうなり声をあげながら、隼人は自室内をうろうろと歩き回っている。
やると決めたのが休日で自室にいるときだったので、彼は休日の自室内でゾンビ化してしまった。
目を閉じ、両手を力なく目の前に突き出して、口を開いたまま遅い足取りで前進する。
壁に行き当たると、いったん体でぶつかる。
それから、重力に任せて垂れた頭を左へ右へゆっくりと傾けた後、方向を転じてまた歩くのだ。
心持ち足の裏を引きずる感じで、膝先を使って足を小さく前に出す。
足先が出たら、伸ばした両腕と上半身で下半身を追うように進むのだ。
ゾンビが進む度に、ずりっ、という足を引きずる音と衣擦れの音がする。
ずりっ、ずりっ。
ゾンビじみた自分の気配を演出できて、隼人は内心でほくそ笑んだ。
だが目を閉じて歩いているために、時々室内の家具に体をぶつけるのが痛かった。
少し危ない。
ゾンビの街で見たゾンビたちは目を閉じていたが、もしかしたら時々は薄目を開けて周囲をそれとなく確認していたのかもしれない、と隼人は思った。
でなければ、危なくて外など出歩けない。
本家のゾンビの街の人たちもやっていることなら、そこは妥協しても構わないはずだ。
隼人は時々薄目を開けることに決めた。
しかし、端から見てもそうしているとわからないように行わなければならない。
これも技術だ。
まぶたを重く閉じたまま、眼球を持ち上げることでわずかな隙間をつくる。
そのわずかな隙間から、周囲の様子をかろうじて確認するのだ。
普通の速度で歩いていてそんな限られた視界しか得られないのだと危ないが、ゾンビである。
歩くのが遅いから、視界が限られていても判断が追いつくのだ。
自室でゾンビ化した隼人は、試行錯誤しながら次第にゾンビとしての自分に慣れていった。
このまま何かのはずみで、一人のゾンビが街に解き放たれるのも時間の問題だ。
すでにゾンビと化した隼人ではあるが、来るべき時のことを思うと、若干の緊張を覚える。
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