『手間のかかる長旅(050) アリスの食欲は揺らぐ』
「お前たちは、瞬間移動を見たのに、よくケーキをぺろぺろ食えるね」
アリスは呆れた声をあげる。
ケーキを食べていた時子(ときこ)と町子(まちこ)は、二人とも同時に吹き出してしまい、とっさに口元を押さえていた。
「ぺろぺろって何よ、ぺろぺろって」
町子は口元を片手で隠しながら、テーブル備え付けの紙ナプキンをもう一方の手に取り口元をぬぐった。
「だって、揃いも揃って、ケーキをぺろぺろ」
アリスは馬鹿にした顔で友人二人を見ている。
「お前たちに知的興奮はないのか」
「あるでしょ。テレポートするウェイトレスさん凄いね、って私も時ちゃんも思ってたよ」
町子はアリスに弁解した。
町子がこちらの思っていたことまで勝手に代弁してくれるから便利だ。
「凄い、の程度じゃん。そんなでお茶を濁して、ケーキ食べてていいのか」
「いいのよ。ケーキが目の前にあるときにはまずケーキをぺろぺろ食べるのよ、私たちは」
澄ました調子で答える町子に、アリスは眉をひそめるしかない。
「そうかい。私の方は、食欲が揺らいだにゃ」
「そうなの。でもさ、店員が幽霊だとかテレポートするとかぐらいで怯えてたら、キリなくない?」
「別に怯えてないもん」
町子の挑発的な言い方に、アリスは多少むきになったようだ。
「食欲が揺らいだだけだもん」
「どうするの?お昼食べてなかったんでしょ?頼んだもの残すの?」
「いや、食べる。おなかは空いてる」
「じゃあ、食欲あるんじゃん」
「食欲ないとは言ってないにゃ。揺らいだだけ」
「ちょっと待ってよ。ねえ、食欲って揺らぐもの?」
町子は隣のアリスから視線を外し、向かいに座る時子に助けを求めてくる。
なんでわざわざ自分に聞くのか、と時子は戸惑った。
アリスの日本語が正しいのか間違っているのか、そんなことはわからない。
食欲が揺らぐ、ぐらいのことは言ってもいい気がする。
「時々は、揺らぐこともあるんじゃないかな」
自信がなかったので、時子の答えは歯切れの悪いものになった。
「時子の言うことはあってるにゃ。私の食欲は、滅多に揺らがないから。瞬間移動を見るか、宇宙人を見たらそれは滅多なこと」
時子の発言を受けて、アリスは得意げに言う。
彼女の顔を見て、根拠の間違った自信を与えてしまったのではないか、と時子は不安になった。
「お待たせしました。ハンバーグランチのお客様」
テーブルの傍らから、女性従業員の声が降ってきた。
「あっ、それは私ですにゃ」
アリスが引きつった声をあげて応じる。
女性従業員はアリスに目で笑いかける。
「熱いから気をつけてくださいね」
トレーに乗せて運んできた料理類をアリスの前に手際よく並べ、一礼して去った。
アリスは呆気に取られてその後ろ姿を目で追う。
「ほら、また。見た?あの女、ぬけぬけと瞬間移動してきたよ、また」
鼻先で湯気をあげているハンバーグ等の皿には目を向けない。
アリスは従業員の戻ったカウンターに視線を投げながら、時子と町子にひそひそとささやいた。
しかし、今回もどうせ彼女が瞬間移動の瞬間を見逃したことは時子も町子も体験的にわかっている。
そんなことより、アリスの目の前の料理に、二人の視線はそれとなく注がれているのだ。
ステーキ皿の鉄板の上で焼けて、じゅうじゅうと音をたてているハンバーグ。
見たところ、なかなか量があるのだ。
コーン、フライドポテトなど付け合せの野菜類もついている。
別にコンソメスープの器、バターライスがたっぷり盛られた皿もある。
アリスは全部食べられるのかしら、食べられてもどれぐらい時間をかけるのかしら、と時子は思案した。
当のアリスはカウンターの方をそれとなくにらむのに夢中だ。
「瞬間移動のことは後でまた話すとして、ともかくハンバーグ食べなさいよ、アリス。冷めちゃうよ」
見かねた町子が隣のアリスを急かした。
アリスは町子の方を振り返る。
「うん。そりゃ食べるにゃ。空腹だもん」
アリスは、ナイフとフォークを手に取って、ハンバーグの中に差し入れた。
湯気をあげて肉汁をにじませる肉片を、小さく切っては口に運び、ぺろぺろと食べた。
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