『手間のかかる長旅(051) 日本の聖地を推す友』

アリスは料理をおいしそうに食べている。

適度な速度である。

時子(ときこ)も町子(まちこ)も、彼女の食事に付き合って長々待たされずには済みそうだ。

それぞれ自分のケーキを食べ終えて落ち着いたので、二人はアリスが食事する様を眺めている。

アリスがナイフとフォークを取り扱う所作は、慣れたものだった。

時子はナイフもフォークも不得手で、洋食を食べるときすら箸を使ってしまうぐらいなので、アリスの食器扱いに関心する。

町子と二人、食事を続けるアリスをしばらく無言で眺めた。

「お前たちは何か、私のハンバーグに下心でもあるのか」

アリスが皿に視線を落として食事を続けながら、不審そうな声を漏らした。

自分と自分の料理に注がれる二人の視線を感じていたらしい。

「いや、おいしいのかな、と思って」

アリスの隣で頬杖をつきながら、町子は答える。

「おいしい」

「そうなんだ」

「あげないよ」

アリスは町子に横目で冷たい視線をくれた。

「くれとは言ってないじゃん」

「なら結構。お前たちは自分のケーキを食べなさい」

時子も町子も、ケーキを食べ終わってしまっていた。

綺麗に空になった皿が二人の前にある。

「もう食べ終わったよ」

「だったらもう一つ注文すれば?」

アリスは冷静な返事を返した。

取り付く島がない。

目の前でハンバーグを美味しそうに食べられるとうらやましいが、ケーキを追加注文するほど時子のおなかは空いていなかった。

時子と町子はため息をついた。

アリスは皿から目を上げて、呆れた顔で二人を交互に見る。

「二人同時にため息をついている場合か」

「そういう場合だよ」

「でもお前たち、私の食事風景を眺めるほかに、用件はないの?」

「うん?」

「私は何か話すことがあって呼び出されたはずだにゃ」

「ああ、そうそう」

町子は手を叩いた。

旅先を決めるために、友人を毎日呼び出しているのだ。

ケーキだのハンバーグだのに夢中で、時子も考えが飛んでいた。

「昨日は美々ちゃんとも話したんだけどね。今度の旅行、まだ行き先決まらないからさ」

説明しながら、町子はアリスの顔を見ている。

アリスは町子の顔を見返した。

「その件はお前たちに一任したはずだにゃ」

「そうは言うけど、私と時ちゃんの候補に誰も納得しないんだから」

町子は頬をふくらませる。

「一人一人に希望を言ってもらって、そこから一ヶ所選ぼうかと思ってるの」

「美々子はどこがいいって言ってた?」

「台湾にしろ、だって」

「外国なんて行きたくない」

アリスは言下に拒否する。

町子と時子はため息をついた。

二人も当初は、日本国内を旅する予定で考えていたのだ。

「でも台湾ぐらいの近場だったら、国内旅行と予算もそんなに変わらないよ」

台湾推しの美々子(みみこ)を応援したい時子は、さりげなくアリスに言葉をかけた。

「予算の問題じゃないにゃ。日本の中に行くべきところがあるでしょ」

アリスは真顔で見据えてくる。

時子は狼狽した。

「じゃ、じゃあ、例えば?」

「恐山に行こう」

「恐山って」

時子と町子は意表をつかれた。

「日本の聖地だにゃ」

アリスはしたり顔で答えた。

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