『独りよがりな解釈』
「よくわかりもしないでいろいろ言ってくるの、やめてもらえませんかね」
懇意にしていた後輩が、居酒屋のテーブル席で雑談中に、突然居住まいを正して言うのだった。
私は目を丸くして相手を見た。
「えっ…」
「よくわかりもしないでいろいろ言ってくるの、やめてもらえませんかね」
後輩は私を見て繰り返した。
「俺、今、何か気に障ることでも言った?」
「いや、今とか昨日今日とかの話じゃないんですよ」
後輩は鼻息が荒い。
お互いアルコールが入っていて調子よく話していたはずなのだが、今の彼女はそれとはまた違った様子だった。
「前から言おう言おうと思っていたんです、でも遠慮していたんですよ」
厳しい言葉をぶつけてくる。
私は、困惑した。
「よくわかりもしないでいろいろ言ってくるの、やめてもらえませんかね」
三度目だ。
真っ直ぐ人を見据えて言葉を放ってくる。
「悪かったな」
三度も同じことを言われて、こちらは立場がない。
彼女の顔から目をそらした。
さっきまで酒を飲みながらくだらない話で盛り上がっていたのに、寝耳に水だった。
「お前さんのためにと思って言ってたんだけど、押し付けになってたら悪かったよ」
最前、目の前の後輩に具体的に何を言ったのかは覚えていない。
ただ自分が後輩の気分を害したのだとすれば、何か説教が過ぎたのだと思う。
「押し付けかどうか知りませんけど、先輩からいろいろ適当なこと言われるの、嫌なんです」
後輩は人の顔をにらみつけながら低い声で言う。
こちらとしては適当なことを言ったつもりはなかったが、彼女からすればそのように思えたのだろう。
実際自分が実体験から得た教訓など、他人からすれば適当なことに聞こえるのかもしれない。
だが、頭ごなしに否定されては気持ちが収まらない。
「自分の経験もある種の知識でありノウハウだから、それを次世代に伝えていけたらいいなと思ったんだけどな…」
私はぼやいた。
「いや、だから、先輩が体験したことを先輩のフィルターで解釈してその解釈の方を私に押し付けてるでしょ」
私のぼやき言葉に後輩はすかさず反応した。
「その独りよがりな解釈を押し付けられるのが、私は嫌なんです」
彼女は切実な声で訴えてくる。
私は自尊心を傷つけられた。
「そこまで辛辣に言わなくてもいいだろ」
私は抗弁を試みた。
「解釈なんて独りよがりなものに決まってるじゃないか」
「独りよがりな解釈をするなとは言いませんよ。独りよがりな解釈を押し付けないでくれと言ってるんですよ」
そんな長いセリフをよどみもなく読み上げるのだ。
こちらの抗弁を上から叩き潰されたような心地がした。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
涙がにじんでくる。
「具体的にどうすればいいか教えてくれよ」
酒の勢いもあって、私は半ば、べそをかいていた。
「先輩の生の体験を直に教えてくれれば、こちらで勝手に解釈しますから。余計な教訓化とかやめてください」
後輩は澄ました顔で言った。
私はテーブル上の紙ナプキンを取って、目元の涙を拭いた。
「じゃあ…。酒の席で後輩にいい気持ちで語っていたら、いきなり反撃を食らった」
私は鼻を鳴らしながら、生の体験を語った。
「酒の席でも油断するな!って教訓は得られますね」
後輩は歌うように応じた。
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