『手間のかかる長旅(057) ヨンミがうらやましい時子』
時子(ときこ)は、友人のヨンミを部屋にあげている。
こうなった以上は、なんであれ今晩は彼女を泊めなければ、と時子は思った。
「まあ、とりあえずは今晩は泊めるよ」
畳の上に二人であぐらをかいて向かい合っている間に、時子はヨンミに言い渡した。
「ね、かむさはむにだ」
ヨンミはその場で若干居住まいを正して、頭を下げた。
「でもずっといてもらうわけにはいかないから、明日一緒に町子さんたちに相談しに行こうね」
「ね」
ヨンミは素直にうなずいた。
念のため町子(まちこ)たちに、自分がヨンミを一晩泊めることを報告はしておいた方がいい。
時子はそう思った。
だが現在は時子にとって頼みの綱の町子も美々子(みみこ)も、仕事中だから話はできない。
それなので時子は彼女たちに向けてメールを打った。
ガラケーを使っている時子が友人たちに連絡するときはメールを打つぐらいしかない。
「ときこおんに、FINEぅるしろはせよ?」
メールを打っている時子のそばにヨンミがにじりよって、画面をのぞいていた。
「ちょっと。画面をのぞかない」
「ね。ちぇそんはむにだ」
ヨンミは謝っておいて、後から小さく舌を出して見せている。
いたずらっ子だ。
「なんでFINEを使わないのかって聞いたの?」
「ね」
FINEは次世代携帯電話向けの、一種のグループチャット用サービスだ。
時子たちの仲間うちでは、時子以外は皆がFINEで連絡を取り合っている。
「まずガラケーだから使えないし。それに、FINEするために携帯電話を新機種に買い換える余裕もないの」
古い機種を使用している時子だけが仲間内のFINEの輪から距離を置いていて、メールを送りつけることで何とか連絡を取っている。
ヨンミはわかったようなわからないような顔だった。
「はじまん…FINEぅるぴょるりへよ、ときこおんに」
「便利かも知れないけれど、私はいいの」
時子は毅然として答えた。
いつの間にか、ヨンミの問いかけに応じられるようになっている。
「この古式のガラケーで通用する限りは私、このガラケーと一緒に頑張るから」
ヨンミ相手に、静かに語った。
「おお、こしきサウンズナイス、ときこおんに」
ヨンミは英語の言葉を交えて返した。
外国語はよくわからないが、何だか褒められているようだ。
時子は、ヨンミが自分の国の言葉と英語と両方を話せるのはうらやましいと感じる。
自分がそのどちらかでも理解できればもっとヨンミと親しくなれるのに、と思った。
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