『手間のかかる長旅(059) 部屋にある寝具』

食事を済ませて、時子(ときこ)とヨンミは交代でシャワーを使った。

時子はパジャマに着替えた。

ヨンミはパジャマを持参しなかったらしく、シャワー前とは別のTシャツとジャージに着替えている。

その後の二人は、言葉が通じない以上特に話すこともなく、お互い自分の携帯電話を触ったりしてなんとなく過ごした。

夜が更けて、そろそろ就寝の時間帯になっている。

時子(ときこ)は気にかけていたことがあった。

彼女の部屋には、余分な寝具などなかったのだ。

今日はヨンミと共に夜を過ごさなければならないが、寝具は一人分しかない。

そろそろ肌寒い季節になってきているのに寝具どころか、適度な暖房器具すらないのだ。

夜間は布団にくるまって寒さをしのぐほかない部屋である。

そこに来て、布団は一組だけなのだ。

どうしよう、と時子は思っていたのだった。

 

思っていながら、何ら対策もなく就寝の時間帯になった。

時子は押入れから布団を出してきて、部屋の真ん中に敷いた。

彼女がそうしている間、ヨンミは壁際に寄って三角座りしながら、時子の動きをぼんやりと眺めていた。

「布団がね、これだけしかなくてさ」

就寝時間が迫る中、何を言ったらいいのかもわからず、時子はヨンミの方を向いて口を開いていた。

「ね」

三角座りのまま、じっと時子の顔を見てヨンミはうなずいた。

時子は、一瞬言葉につまった。

何を言うべきなのか、何をどうしたいのか、考えがあって口を開いたわけではないのだ。

「もうそろそろ、休みましょう」

時子は、そう言った。

具体的なことを留保して口にできるのは、それぐらいしか思いつかなかった。

「ね」

ヨンミも静かにうなずいている。

二人とも具体的なことは口に出さず、心は就寝に向かっている。

 

しばらく後、時子とヨンミは、同じ布団の中に肩を並べて横たわっていた。

一人分の布団の外に体がはみ出してしまわないように、お互い身を寄せ合っている。

消灯していて部屋は暗くなっているのだが、お互いの気配が気になってなかなか寝付けない。

自分の体に接するヨンミの肩と腕、足の柔らかさと温かみを感じて、時子は不思議な気持ちだった。

他人と一緒に同じ布団の中で眠ることなど久しくなかったので、何か懐かしい感じすらある。

わずかに頭を傾けて、時子は横にいるヨンミの顔をうかがった。

時子と同じく目を覚ましたまま、天井をじっと見ているヨンミの横顔が暗闇にうっすらと浮かんだ。

ヨンミも見ている時子の気配に気付いて、同じく頭を傾けて見返した。

二人の視線が合う。

ヨンミは、静かな顔つきをしていた。

 

時子には、ヨンミがどんな事情でここに泊まりにきたのか、詳しいことはわからない。

部屋に来たときの心細い表情と、泣きじゃくっていた様子からすると、よっぽどのことがあったのかもしれない。

ただ今の彼女の静かな表情を見ていると、身を寄せていて時子は安らかな気持ちになる。

布団の中で、隣のヨンミの腕を探り、彼女の手をそっと握った。

ヨンミはやんわりと、時子の手を握り返した。

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