『手間のかかる長旅(061) 住宅地にそんなものもある』
朝食後、時子(ときこ)はヨンミを案内して自宅の周辺を散歩することになった。
周辺は、何の変哲もない郊外の住宅地である。
特に見るものもないが、昼の待ち合わせまでかなり間があるので、軽く時間をつぶそうと時子は思ったのだ。
二人で部屋にいて、それぞれ会話もなく手持ち無沙汰にするのも辛い。
ヨンミに散歩を提案したら応じたので、二人、何も持たず身軽なまま自室を出た。
天気のいい朝だ。
空に雲が少ない一方、空気は冷たかった。
冬になりつつある。
二人で肩を並べて、住宅地内の道路を歩いた。
近隣の玄関先に、これから通勤または通学に出て行く近所の人たちの姿が見える。
時子には、どこへ向かう予定もない。
「ヨンミちゃんは何か見たいものある?」
隣でおとなしいヨンミに尋ねた。
あまり考えもなく発した問いだった。
この界隈に見るものなどない。
「こぶねかごしっぽよ」
立ち止まり、ヨンミは静かに答えた。
「え?」
時子も立ち止まった。
「こぶねかごしっぽよ」
「え、こぶね、かご?」
「ね。こぶん」
ヨンミはうなずきながら訂正した。
こぶん。
時子には彼女の言っていることがわからない。
「ええと…子分?」
首をひねった。
「ときこおんに、くごするぷあじゅせよ」
見かねて、ヨンミはその場から、道の端のあるものを指差した。
住宅地の塀の際である。
ヨンミの指の先に、案内標識が立っている。
その標識には「鉢形山古墳まで200メートル」と書いてある。
その下に、英語と中国語、韓国語でも案内文が添えてある。
時子は手を叩きそうになった。
こぶん、とヨンミが言ったこぶんというのは古墳のことだったのだ。
「この近所に古墳なんてあったんだ」
時子は古墳の存在など知らなかった。
もっとも、知っていたとしても、あまり興味はなかったが。
「こぶぬるちょあへよ。おんに、かちかよ」
ヨンミは時子の片腕を取って、脇に抱えた。
彼女は何だか乗り気だ。
「古墳か…」
時子は乗り気ではなかった。
古墳には、大昔の人の墓だというぐらいの知識しかない。
大昔の人の墓にあまりいいイメージはなかった。
ただ、目的地もなく歩き回るよりは、そんなものでも見に行った方がいいかもしれない。
ヨンミの様子からすると、古墳が好きなようだった。
先ほどまで物静かだったのが、顔色がよくなっている。
時子の腕を抱えて、わずかに引き寄せながら、微笑みかけてくる。
時子も、そのまま彼女に寄り添って、歩き始めた。
「古墳ねえ」
興味はないが、古墳に付き合うぐらいでヨンミの機嫌が取れるならいいか、と時子は思う。
二人で、200メートル先にあるという古墳を目指して、歩いた。
道が傾斜にさしかかる。
古墳は、住宅地の山の手にあるらしい。
雑木林の中を、坂道が続いている。
時子とヨンミは坂道をゆっくりと登っていった。
新品価格 |