『手間のかかる長旅(062) 古墳とご飯』
坂道を登って雑木林を抜け、小さく開けた場所に出た。
時子(ときこ)とヨンミは、盛り上がった古墳の裾に立っていた。
「わりと大きいね」
時子は感心して声をあげた。
古墳は、土を持った円形の小山だった。
数メートルの高さがある。
小山の斜面の上部に、ぽっかりと開く空洞が見えた。
古墳を発掘した跡のようだ。
小山の周囲にはコンクリートを固めた歩道がつくられている。
一帯は住宅街の高台で、古墳の周囲は雑木林に囲まれている。
周辺にあるはずの住宅の姿は見えない。
そこには木々と、芝生と古墳と、空だけがあった。
日光が降り注いでいる。
「春先に来たらあったかいのかもね」
「ね」
二人はうなずき合った。
古墳の脇に案内板がある。
二人は近寄った。
日本語と英語の説明文で、古墳についての案内が記してある。
時子は説明文を黙読した。
宅地開発の際に発見された、鉢形山古墳。
古代にこの地域一帯を治めていた有力者と見られる豪族の墳墓。
円墳の形式である。
発掘の際、石室内部からは被葬者と共に数多くの副葬品が発見された。
副葬品は首飾り、馬具など、朝鮮半島で製作されたものであった。
被葬者は朝鮮半島に繋がりがあったか、もしくは朝鮮半島から移住した渡来人だった可能性がある。
発掘された副葬品は市内の考古学資料館で閲覧可能。
そんな内容だった。
時子は併記された英文の方は読めないが、おそらく日本語の説明文の対訳なのだろう。
隣に立っているヨンミの方をうかがった。
彼女は英文の説明を熱心に読んでいる。
古代に外国から来て、そのままこの異国の地で一生を終えた人がいるのだ。
同じく外国から来ているヨンミにも思うところがあるのだろう、と時子は思う。
ヨンミが読んでいる間、時子は古墳を眺めた。
一人、周囲を歩いてみた。
古墳の周囲は綺麗に掃除されている。
誰か、周辺の住宅の人が管理しているのかもしれない。
一周してヨンミのもとに戻ってきた。
ヨンミは、顔を上向けて、古墳の上部を見ていた。
石室のあるあたりだ。
「石室見てみる?」
時子は誘った。
せっかく来たのだから、古墳の中も見ていった方がいいかもしれない。
ヨンミはうなずいた。
二人して、古墳の斜面を登りにかかる。
石室までは、土を固めて細い道がつくられていた。
登りきると、石室の前に二人が立てるだけの狭い足場がある。
肩を並べて立ち、口を開く石室の入口をのぞきこんだ。
大人一人が屈んで進めば入れる大きさの、穴が開いている。
中は暗いが、大きな石の壁面が奥まで続いているのが見えた。
のぞきながら、時子は石室の姿にかまどを連想した。
「古墳のてっぺんにお釜を置いて、ご飯が炊けそうね」
時子は柄にもなく冗談を言った。
「ね。ぱぷるもっこしっぽよ」
ヨンミは生真面目にうなずいた。
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