『手間のかかる長旅(067) ヨンミの進退』

例の女性従業員がテーブル横に瞬間移動してきた。

時子(ときこ)とヨンミの前に水のコップを置く。

美々子(みみこ)と二人でメニューを見ていたヨンミは、驚いて従業員を見た。

ヨンミに笑いかけて、従業員はカウンターの方に戻って行った。

ヨンミの顔つきが、強張っている。

彼女を見ているヨンミの視線と時子の視線が合って、ヨンミはかろうじて困惑気味な笑顔を見せた。

あ、そうだった、と時子は思った。

初めて来る人は、あの瞬間移動に耐性がないのだ。

そう言えばヨンミだけでなく美々子もこの店に来るのは初めてのはずだ。

美々子はあの従業員をどう思ったのだろうか、と時子は思った。

「美々子さん、このお店、どう?」

いたずら心と共に、時子は美々子に尋ねた。

「うん?」

美々子はメニューから顔を上げて、時子を見た。

無表情だ。

「何?」

「あの、このお店、どう?」

「どうって。雰囲気とか?」

「そう」

「雰囲気は悪くないね。後はごはんが美味しければいいね」

こともなげに言って、メニューに視線を戻した。

「やっぱりハンバーグランチにしよっかな。アリスもこれ食べたんでしょ?」

女性従業員のことも、カウンターの男性のことも気にしていないようだ。

さすがは美々子だ、と時子は思った。

豪胆な人なのだ。

 

従業員を呼んで、銘々注文した。

美々子がハンバーグランチで町子(まちこ)はスパゲッティペペロンチーノ、時子とヨンミはコーヒーを頼んだ。

ヨンミのことはわからないが、時子はおなかがいっぱいで、昼食はいらない気分だった。

注文を済ませて、ようやく四人はお互いに向き合った。

ヨンミの進退のことで集まったのである。

「さっそくなんだけどさ、ヨンミは当分うちで預かろうと思うの」

美々子は切り出した。

あまりに率直だったので、時子はまごついた。

ヨンミは申し訳なさそうな様子でいる。

時子の隣の町子は、美々子にうなずいていた。

「どこか部屋借りれたらいいけど、すぐってわけにもいかないだろうからさあ」

美々子は言った。

「うちも私一人じゃないから、ちょっと手狭だけどね」

時子は思わず美々子の顔を見た。

表向きには、美々子は一人暮らしだったはずだ。

美々子は平気な顔で、コップに赤々とした唇をつけて水を飲んでいる。

時子は、先日この同じ場所に呼び出した東優児(ひがしゆうじ)のことを連想していた。

美々子は、町子と時子が彼と会ったことを、知らないはずだ。

「一人じゃない」というのが優児のことを示しているのかどうか、時子は気になる。

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