『手間のかかる長旅(069) その店で働きたいヨンミ』
食事を終えた町子(まちこ)と美々子(みみこ)はコーヒーを追加注文した。
さらに、女性従業員は時子(ときこ)とヨンミにもコーヒーのおかわりをサービスしてくれた。
四人でコーヒーカップを前に、まったりしている。
「この店、静かだし、まったりできていいよな」
美々子は安堵の息と共に感想を漏らした。
一同はうなずく。
細かなところを気にすればきりがない。
しかし、諸々に目をつぶればいいお店だ。
時子はそう思っているので、美々子の言葉が嬉しい。
「みみこおんに、ちょぬん、よぎえそいらごしっぽよ」
ヨンミは美々子の方を向いて何事かささやいた。
「あ、それいいんじゃない?」
美々子は気軽に応じている。
時子は、二人が何のことを言っているのか気になった。
「美々子さん、ヨンミちゃん、今なんて言ったの?」
勇気を出して尋ねてみた。
「うん?ヨンミさ、この店で働きたいんだって」
なるほど、と時子は思った。
「あれ?ヨンミちゃんアルバイトしてたよね?」
美々子の返答に、町子が横から疑問を差し挟んだ。
そう言えば、と時子も思った。
ヨンミは、親戚が経営する飲食店で働いているのだ。
時子はヨンミの顔を見やった。
彼女の顔が、少し強張ったのが見た目にもわかった。
美々子もヨンミの横顔を見て、同情的な顔をする。
「この子、今、次の仕事探してんのよ」
美々子は言いづらそうに言った。
「なんかあったの?」
町子は尋ねた。
隠し切れない好奇心がその声の調子に潜んでいた。
時子は、緊張を覚える。
実を言うと、ヨンミが一晩の宿を乞うた理由も気になっていたが、知らないなら知らないでいいと思っていたのだ。
何かヨンミがつらい目に遭っているのではないかと思うと、詮索して彼女のことを知るのも気が重いのだった。
しかしそんな時子の隣で、町子は好奇心の宿った視線を美々子とヨンミに向けている。
美々子はまごついて、ヨンミの顔を見た。
ヨンミも困った顔で、美々子の顔を見返している。
時子は気を揉んだ。
美々子たちも、ヨンミのことで四人が集まった経緯がある以上、尋ねられて答えないのも難しいはずだ。
「それがさあ」
と、間延びした声で町子に言いかけながら、気を取り直したように美々子はヨンミに顔を近づけた。
「ヨンミ、もう言っちゃってもいいだろ?」
「ね…」
ヨンミはあきらめた風情だ。
美々子は町子と時子の方に向き直った。
「あのね、ヨンミの男ね、つまり浮気してヨンミを追い出しやがった馬鹿」
荒っぽい声で、説明を始めた。
「うん」
うなずきながら、町子も時子も息を飲んだ。
美々子の表情に、迫力があるのだ。
「そいつがね、そのヨンミの親戚の店を任されてるんだよ」
「えっ」
町子と時子は前のめりになった。
「だからヨンミ、あの野郎と顔を合わせるのがつらくて、もう出勤できそうにないって」
美々子は、投げやりに言う。
町子と時子はヨンミの顔を見た。
ヨンミは、弱々しい笑顔を見せている。
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