『手間のかかる長旅(071) むしろ時子のことが心配』

だいたい自分だって、生活に苦労している。

時子(ときこ)はそう思った。

ここしばらく、両親からのわずかな仕送りのほかには収入がないのだ。

自分だってヨンミと同じくらい状況は切羽つまっている。

先日はアリスにも心配された。

できることなら自分も働いた方がいい、と時子は思った。

「私もお仕事探さなきゃ…」

時子はなにげなく、小声で言った。

友人三人が時子を見た。

「時子。あんた、在宅の請負仕事してるんじゃなかったっけ?」

美々子(みみこ)が心配そうな顔をする。

いつも強そうな彼女がそんな表情をすると、時子は不安になった。

「最近、仕事の依頼がなくて…」

「そういうのは待ちの姿勢じゃ駄目だよ。こっちから営業メールでも何でも仕掛けなきゃ」

「うん…」

時子の返事は歯切れが悪くなった。

在宅の仕事。

それは、労働の経験が少ない時子にも務まる種類のものだった。

だからと言って、特別その仕事が好きでも得意でもない。

自分にもできる、という消極的な理由で続けていただけだ。

わずかな金銭が得られる以外そこには、モチベーションが高まる何の要素もなかった。

時子はうつむいて、口元に弱々しい笑みを浮かべる。

時子の煮え切らない態度を見て、美々子は同情的な視線を向けた。

「ヨンミよりも私は時子の方が心配だわ」

美々子はため息をついた。

「どうして?」

時子の隣で、町子(まちこ)は首をかしげた。

「どうしてって、線が細いからに決まってるだろ」

町子に対して、美々子は感情的になって答えた。

「ヨンミはこれでタフなところがあるからなんとでもなるけど、時子は心配なんだよ」

美々子は町子をにらみつける。

町子は美々子を見返した。

「別に、時ちゃんだって心配いらないよ。大人なんだから」

町子はすまして言った。

時子の胸が痛む。

こちらの心配をしてくれる美々子と、大人扱いしてくれる町子。

どちらを喜ぶべきなのか、時子にはわからなかった。

「大人かどうかは関係ないだろ」

「そう?」

「町子さ、あんたいつも時子と一緒なんだから、少しは気遣ってあげたら?」

冷静な町子に、美々子はわずかに毒気を含んだ言葉を返した。

町子はさすがに言葉につまる。

時子は慌てた。

自分が仕事探しに言及したばかりに、妙な成り行きにしてしまった。

「もう、この話題はやめましょう」

やっとのことでそう提案するのが、時子には精一杯だった。

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