『日本ぶらりぶらり』山下清

私は旅好きの者です。

けれども私の好きなのは観光目的の旅であって。

放浪が目的の旅とはどんなものなのか、想像できないのですね。

でも、日本にはかつて「放浪の天才画家」と呼ばれた人がいたのです。

日本ぶらりぶらり (ちくま文庫)

強烈な本です。

『日本ぶらりぶらり』、放浪の天才画家、山下清による自伝的なエッセイです。

軽度の知的障害を持った男性、山下清は、八幡学園という施設で生活していました。

ところが彼には放浪癖があって、何かというと八幡学園を脱走し、あてのない旅に出てしまうのです。

彼の旅はだいたいにおいて、八幡学園の職員に見つかり連れ戻されることで終わります。

そして旅の後、清は学園に滞在しながら、直前の旅で見た風景を「ちぎり絵」としてキャンバスに再現しました。

それらのちぎり絵が素晴らしかったために、彼は「放浪の天才画家」の異名をとることになったのです。

 

もしかしたら皆様も、テレビドラマの『裸の大将放浪記』などで山下清についてご存知かもしれませんね。

芦屋雁之助演じる山下清は、丸顔で穏やかでおっとりしていて、人柄のよさそうな雰囲気でした。

私もそれらのテレビドラマに親しんで、脳内に芦屋雁之助由来の山下清像を持っていたのです。

本書には、「人柄のいい男性が絵を描いて収入を絵ながら旅をする」ような、牧歌的な旅エッセイを期待しました。

実際に読んでみると、山下清に対するイメージも作品への期待も崩壊しました。

 

本書は、山下清本人による文章でつづられているのですが…第一印象として、とても攻撃的な印象を受けました。

彼は区切りのない長いまくしたてるような文章で、自分が旅先で見たもの、自分に起こったできごとを描写します。

鋭い視線で世の中を見て、彼なりの分析をしていました。

そのうえで、独断を持って他人、社会を論じるのです。

読んでいて、山下清芦屋雁之助のイメージから離れ、自他に厳しく偏屈な男性像が私の脳裏に浮かび上がってきました。

風景画であれ風景を文章で描写する小説であれ、作り手に優れた観察眼がなければ成立しないのですね。

山下清はこの観察眼に加え、記憶力も人並みはずれていたようです。

旅先で作品をつくることなく、帰還後に製作にかかるのが常だったそうですから、風景を記憶していたのでしょう。

また本書の文章でも「よくそんなこと覚えてるな」と言いたくなるような、詳細な記憶を持って出来事を振り返っています。

観察力と記憶力が、彼の生き生きとしたちぎり絵を生み出したのでしょう。

さらには「攻撃的」なぐらい、世の中とか自分の作品に対して一途な思い入れができる思い込みの強さも、彼の創作の源泉だったのかもしれません。

 

私、以前に個展で山下清ちぎり絵の実物を見たことがあるのです。

非常に緻密でした。

細かくちぎった紙を根気よく手作業でキャンバスに貼り付け続けて、一枚の風景画を完成させるのです。

並の精神力ではできないことです。

強烈な作品群を残した山下清に、「おっとり」「人柄のよさそうな」人物像を期待した私が甘かったのかもしれません。

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