『誠意のある人事担当者と私』
圧迫面接の類に出くわしたら、席を立つぐらいのことはしてやろうと思っていたのだ。
面接に落ち続けて、内心、疲れてきている。
このうえ、圧迫面接をしのいで職を得るだけの熱意はなくなっていた。
圧迫面接の、その先を私は考えるのだ。
圧迫面接をしかけてくる企業でたとえ採用されたところで。
面接担当者への遺恨が残る。
遺恨を抱えて働くことになるだろう。
そして、もし採用されなかったら。
面接の準備をして交通費までかけて出向いてきて、気分の悪い思いをして落とされたら、こちらが丸損である。
どちらに転んでも、いいことはない。
だから、圧迫面接に出くわした時点で席を立つことに私は決めていたのだ。
「お前、仕事欲しいんやろ?」
その企業の応接室に、ポロシャツにチノパン姿で現れた70代らしい男性社長である。
向かいのソファに荒っぽく腰掛けるなり、野太い声で言った。
小柄だが恰幅がよく、鋭い目付きもあって威圧的な風貌だ。
彼の隣には、人事担当者である、私と同世代の男性が座っていた。
この男性は、冷静なたたずまいで、私を見据えている。
面接室に通され、私は最初、彼相手に自己紹介をしていたのだ。
その最中に、件の社長が入ってきたのである。
「おい聞いとんか、仕事欲しいんやろ?」
一瞬答えに迷った私に、社長はなお答えを強要してきた。
私は不愉快になった。
が、顔に表さないように勤めて、かえって笑顔をつくった。
「ええ、そうです」
「そしたらな、もっと低姿勢でおらんかい。お前、仕事もらいに来た人間の顔とちゃうぞ」
何を言われたかとっさにわからなかった。
じわじわと、背筋を不快感が走る。
「どういうことでしょう?」
顔を引きつらせながら、私は尋ねた。
男性社長は、こちらに聞こえるような大きな音で舌打ちをした。
「日本語もわからんのか。どこの国の人間やお前は」
返事をする気になれない。
私は黙って相手の顔を見返した。
「態度がなっとらんちゅうんじゃ、馬鹿たれ」
怒鳴りつけられた。
「仕事もらいに来た分際で、そんな堂々とした面しとる奴があるか」
怒鳴りながら、社長は正視に耐えない醜悪な表情をして、こちらを睨みつけている。
とっさに、私は彼の隣に座る人事担当者の顔をうかがった。
彼は、冷静なたたずまいを崩していない。
だが私と目が合った瞬間に、悲しげな笑みをその顔に浮かべた。
隣にいる社長のことを彼がどう思っているか、その顔が何がしか語っている気がした。
私は、足元に置いていた鞄を手に取り、心地の悪いソファの座席から立ち上がった。
「こら、なんじゃ」
社長はわずかにのけぞった。
その彼に一瞥をくれて、私は慇懃無礼にお辞儀をした。
「貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。失礼します」
人事担当者にも目礼して、私は応接室の扉に向かった。
「おい、まだ終わってへんやろ。勝手にどこ行くんじゃ、こら」
社長はどら声をあげている。
背中で受け流しながら、私は応接室を出た。
応接室の外、オフィスで働く社員たちが、心配そうに出てきた私の顔を見ている。
彼らに一礼し、退出の挨拶をした。
応接室の中で、こちらに向かってまだ社長が怒鳴っている声がする。
企業のビルを出た。
オフィスビルが並ぶ界隈である。
昼下がりだが、まだ日差しはきつく、暑い。
歩きながら、私は首周りを緩めて、シャツの第一ボタンを外した。
気分がましになった。
オフィスビルの先に、勤め人が酒を飲んで帰る場所なのだろう、居酒屋が軒を並べている。
気分が悪いから、ああいうところで一杯やって帰ってやろうかと思う。
背後に、人が走ってくる足音。
「失礼、ちょっと」
慌てた声をかけられた。
振り返った。
先ほどの、人事担当者の男性がいた。
私を走って追いかけてきたらしい。
荒い息をつき、若干前かがみになって休んでいる。
視線は、私の顔に向いていた。
「あ、どうも」
私は挨拶したが、今さら、品良く装う気はもうない。
気軽な調子で言ったのだ。
「まだ何か?」
私の問いかけに、男性は息を整えながら、思案する様子だ。
答えるまでに間があった。
やがて言った。
「弊社の社長から、あなたにひとことだけ、言伝があって参りました」
「言伝ですか?なんでしょう」
「『お前みたいなあほんだらにくれてやる仕事はうちには無い』と、申しておりました」
人事担当者は真面目に言い切った。
私は思わず吹き出した。
長いひとことだ。
だが、言われっぱなしも落ち着かない。
「でしたら、私からもひとこと、御社の社長にお伝え願えますか」
「はい、どうぞ」
人事担当者の男性は息を整えながら、私の言葉を待っている。
「『周囲の部下がよほど優秀なんでしょうね』と」
「あっ」
彼は、意表を突かれたように、目を白黒させた。
私の言葉のニュアンスを、聞き分けてくれたようだ。
「お願いできますか」
「わかりました、必ずお伝えします。では」
一礼して走り去る人事担当者の男性の顔に、私は誠意を見た。
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