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『瞬殺猿姫(13) 神戸下総守との交渉に当たる、三郎と猿姫』

小説:瞬殺猿姫 連載小説

「下総守殿っ」

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、上座に向かって前のめりになった。

「まずは見てくだされ。この羽織を」

下品でいやらしい絵柄が描かれた己の羽織を、指先でつまんで強調する。

「拙者、着の身着のままで、逃げてくる他なかったのでござる」

相手は、上座の茵(しとね)に座する、神戸城の城主。

神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)である。

三郎は彼に向けて、必死に訴えている。

「なるほど、道理で。変わった絵柄の召し物だと思っておった」

三郎の訴えを聞きながら、神戸下総守は忍耐強くうなずいている。

彼はなかなかできた人物なのかもしれない、と猿姫(さるひめ)は思った。

感情的になることもなく、急な客である一行に付き合っているのだ。

「つまり、まともな衣服に着替える余裕も無かったというわけだな」

「左様です。非道極まりない弾正忠信勝に故郷を追われ、取るべきもの取らず。ここまで来たわけでござる」

弾正忠信勝(だんじょうのじょうのぶかつ)というのは、三郎の実の弟である。

嫡男である三郎に代わって当主の座を先代から受け継ぎ、今や尾張一国を支配している。

「拙者、盟友である猿姫殿、蜂須賀阿波守殿と共に弾正忠を破る策を練っております」

猿姫は三郎の言葉をひとことも漏らすまいと背後で熱心に聴いている。

一方、三郎が名を口にしたもう一人の蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は、居眠りを続けていた。

うつむいて、まるで考え事をしている最中であるかのように見せかける。

巧妙な居眠りの仕方である。

緊迫した状況でなければ猿姫は、阿波守が居眠りしていることを暴露して恥をかかせてやりたいところだった。

だが、今は緊迫した状況なのだ。

「で、織田殿。具体的には今後、どうするつもりなのかな?」

神戸下総守は、傍らに置いた肘掛けに肘をつき、ゆったりとした仕草である。

貫禄を見せている。

そんな彼に、下座から懸命に食いつく三郎。

がんばれ、と猿姫は胸の内で三郎を応援する。

「その策としてですな。先ほども申しましたように、我々、和泉国は堺に向かいます」

上座の方にうなずいて、三郎は続けた。

「貴殿、先にそう言っておられたな。しかし、堺に何がある?」

「堺はご存知の通り、いかなる大名の手も及ばぬ、独立した土地」

「うむ」

「かつ現在の天下人、三好修理太夫殿と結びつきが深くござります」

天下人、という大げさな言葉が出たことに、猿姫は驚いた。

三好修理太夫長慶(みよししゅりだゆうながよし)。

中央の政権で室町将軍を抑え、権力を握っている男の名である。

しかし彼がまさか天下人であろうとは、猿姫には知るよしもないことだった。

「うむ。その辺りの事情は当方も存じている」

神戸下総守はそう言って、先をうながした。

「聞けば三好修理太夫殿は、手元に各地の大名の子弟を招き、よしみを通じているという噂にござりまする」

三郎は雄弁に語った。

「でありますれば拙者、宿敵、織田弾正忠に先んじまして。三好殿との関係を強め、かの御仁の助力をもって、尾張を取り戻す所存なのです」

「助力と言うは、具体的には?」

「兵を借りるのです」

なるほど、と猿姫は思った。

猿姫はあくまで己の武芸を頼りに生きてきた。

であるから、兵を用いた戦についてはいまだ不慣れである。

だが尾張一国を取り戻そうと思うなら。

猿姫たちがそれぞれの武芸などに頼っていても、到底目的には及ばないのだ。

織田弾正忠の支配を覆すだけの、兵が必要だ。

「ずいぶん、気の長い話であるな」

苦笑しながら、神戸下総守は言葉を漏らした。

「果たして天下人が、貴殿のような者に兵を貸してくれるだろうか?」

細かなことには触れない。

それでも、彼が今の三郎に利用価値が薄いことをほのめかしているのは確かだ。

「正直なところ、悩んでおるのだ。貴殿らを援助したとして、それが当方の利益になるのかどうか」

神戸下総守の、偽らざる気持ちのようだった。

猿姫は内心、気色ばむ。

しかし彼女自身、三郎の行く末を案じているのだ。

故郷を追われ、家臣も連れず流浪する、大名の嫡男。

彼の利用価値と言っても、「大名の嫡男である」という事実以外には思い浮かばない。

ただそれは、三郎の人柄を無視すれば、だ。 

彼の人柄に何らかの価値を見出すとすれば、話は別だ。

 

「どうでござろうか、拙者としても、そこは怪しんでおります」

神戸下総守からの疑問に、三郎は弱々しい笑みを見せる。

しかしそこは、強気な顔を見せなければいけないのだ。

「御免」

と、猿姫は後ろから割って入った。

いてもたってもいられなかった。

「猿姫殿。何かな?」

猿姫に目をやった神戸下総守の顔に、好奇の色が浮かぶ。

彼は、猿姫に対しての関心を失っていない。

前を向いたままの三郎の背中が、固く強張った。

猿姫は、口を開いた。

「貴殿のような小名には、降って湧いたような朗報ではございませぬか」

自分でも、何でそんな乱暴な口を利いたのか、わからない。

舌先がまず動いて、言葉を発していた。

呆気に取られてこちらを見返す神戸下総守の顔を見据えながら、猿姫は続けた。

「近隣の小名同士の小競り合いに忙しく、貴殿には中央に使いをやるのもひと苦労でしょう?」

「お、おう」

猿姫の無礼な言葉にどう反応していいか、わからないらしい。

神戸下総守はともかくうなずきながら、彼女の口元に視線を吸い取られていた。

「我らは、貴殿の領地を通り、貴殿と戦っている小名の諸侯の領地を通りして。堺に参ります」

「なるほど?」

神戸下総守は、首をかしげながら言った。

「では、では、それが当方のような小名に、いかなる朗報となるか」

「行く先々で、貴殿からの援助を受けていると、声高に唱えて参りましょう」

目を見張り、猿姫を凝視する視線。

「そしてまた、貴殿のことは、三好殿に。よくお伝えいたします」

「うむ…」

「ですから、相応のご助力をお願い申します。決して、損はさせませぬ」

上座にいる男の目から目を離さず、猿姫は静かに語りかけた。

神戸下総守、彼女の目を見つめたまま、おもむろにうなずく。

 

その夜、一行は、神戸城に泊まっていくように勧められた。

断る理由を探すのは難しかった。

猿姫は、自分が神戸下総守を説得した手口が、ある種の色仕掛けではなかったかと。

後になって、悩んでいる。

自分では、決してそういう気持ちではなかったのだ。

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