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『瞬殺猿姫(19) 猿姫と離れ、茶席の三郎』

小説:瞬殺猿姫 連載小説

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、座っている。

再び、神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)と対面しているのだ。

三方を土壁に囲まれた、狭くて暗い茶室である。

明かりは、三郎の背面にある障子戸から薄く入ってくるばかりだ。

神戸下総守は風炉に向かい、主人として茶を点てた。

尾張国の大名家に育った三郎には、多少の茶の心得がある。

下総守から勧められた茶を、作法通りに喫した。

「結構なお茶でございますな」

口をつけた碗を返した。

本心を言うと、今はお茶の味などわからないのだ。

心が乱れている。

この神戸城に、西の関家が攻めて来る。

その真偽について、確認するために来たのだ。

下総守の家臣に取り次ぎを申し出たところ、この茶室に通された。

不思議なことに、下総守は客も招かず茶を点てていた。

そこに、たまたま三郎が顔を出した、という形である。

「茶の道はまだよくわからぬなりに、楽しんでおります」

下総守は落ち着いた声で言った。

薄暗い中で、顔に微笑を浮かべている。

三郎とはさして歳も違わない若い当主だが、風格があった。

しかし、先の謁見の際には、猿姫に対して執心の気配を見せた男だ。

その意味で三郎は、彼に対して不信感を持っている。

ただ、今は猿姫のこととは別の件でやって来たのだ。

己の目的を見失ってはいけない。

「ところで、急に当方を訪ねてこられるとは、どうしたわけかな?」

下総守は三郎の顔に視線を向けながら、自然な口調で切り出した。

三郎は背筋が伸びる思いだった。

「はい、実は」

関家が攻めてくるかもしれないと、猿姫の知人の忍び、一子(かずこ)から聞いた。

まさか、城に忍び込んだ忍びの存在について、城主に教えるわけにはいかない。

とっさに言い分を考えた。

「拙者はこれで、用心深い性格であります」

自分で言うのもおかしなものだ。

「ほう、それは結構なことだ」

下総守は苦笑した。

「続けられよ」

「はい、それでですな…」

息を継いだ。

「今晩お泊めいただくにあたって、改めて城の安全を確認したいと存じます」

考え考えしながら、喋っている。

喋ってから、言い過ぎたかもしれない、と三郎は思った。

これでは、城の安全を露骨に疑っているように聞こえてしまう。

用心深いからと断ったうえでも、泊めてもらう客人の立場にあるまじき発言だ。

城攻めの是非を確認したいのに、うまく聞き出せない。

「なるほど」

三郎の表情を見ながら、下総守は無表情にうなずいている。

三郎は焦った。

「いや、つまりですな…」

「何か、ご不審の点でもおありなのかな?」

落ち着いた態度を崩さない。

さりとて威圧するでもない。

下総守は、人間ができている。

三郎は、相手が見た目よりも歳を重ねた人物なのではないかと思えてきた。

下手な小細工をするより、思うところを言った方がいいのかもしれない。

「では、有り体に申します」

「どうぞ」

「近いうち、ご当家と西の関家との間に、戦があるのではないかと」

三郎は、はっきり言った。

下総守の、眉がわずかに動いた。

「それが今晩のことなら、拙者共も安心してはおれませぬので」

「織田殿。その話、誰から聞いた」

下総守が、真顔になっている。

三郎は緊張した。

「いえ、誰ということはありません。お城の内で、どうにも慌しいような…」

「そんなことはないと思うが」

「そうでしょうか」

一子から聞いた知らせだけを頼りにしているのだ。

深く探られると、困ってしまう。

「そして何となく、虫が知らせると言いますか…」

三郎は言い抜けた。

下総守の顔が、険しくなっていく。

彼と目を合わせていて、三郎は胃をつかまれるような気持ちがした。

「織田殿」

「はっ」

「実は、伝えるべきか否か、迷ったのだ」

「と、おっしゃいますのは」

「今晩、夜討ちをかけると関方から通告を受けている」

「何と」

三郎は目を見開いた。

「では、やはり城攻めを受けるのですか」

「そういうことになっておる」

下総守は、平然とうなずいている。

神戸城が今夜、城攻めを受けること、認めたのだ。

三郎は何と言っていいかわからなかった。

信じられなかった。

体が強張る。

口の中が乾いて、舌と上顎が張り付いている。

口内で舌を動かして湿らせながら、三郎は下総守の傍ら、風炉の上の茶釜を見た。

おかわりが欲しい。

 

「しかし、夜討ちについて、あらかじめ告げられていたのですか?」

三郎の視線に気付いた下総守は、二杯目の茶を点ててくれた。

三郎は作法もそこそこに、茶で舌を湿らせる。

先ほどの一杯よりも、水気が増して、美味しく感じる。

三郎の顔色を見て整えたのかもしれない。

「何、慣例のようなものである」

茶を喫する三郎を見守りながら、下総守は事も無げに言った。

「関家の当主との約定があってな。戦の前には、必ず事前にお互いの手はずを確認し合っておくことになっておる」

聞いていて、三郎は口の中の茶を吹き出しそうになった。

危ういところで口元を押さえ、粗相を免れた。

つまり下総守は、敵同士が戦の前に手の内を明かし合うと言うのだ。

「それはまた、妙なお話ですな」

果たしてそれが戦なのかどうか、三郎には疑問だった。

「それは、本当に戦でござるか」

「戦である」

下総守は、断言する。

「時と場所によって、戦にも様々な制約がある。当家と関家とは、係累の間柄である故」

一瞬、下総守は視線を泳がせた。

だが三郎の視線に出会って、言葉を続ける。

「お互い必要以上の痛手を受けぬよう、約束事を設けているのである」

「なるほど」

「わかってもらえるかな」

いささか腑に落ちない点はあったが、神戸家も関家も、先祖を同じくする古い家柄だ。

この時代にあって、いまだ独特の家風を共有しているのかもしれない。

おそらく夜討ちを受けることをわかっていながら客を泊めた理由も、そこにあるのだろう。

三郎はそう思った。

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