『手間のかかる長旅(080) 乱れた化粧と時子』
何か、アリスはつらい目に遭って弱っていたらしい。
声をあげてさんざん泣いた後、今は落ち着いている。
彼女の横顔を、時子(ときこ)は見ていた。
目の下に流れたアイラインを無造作に拭いたせいで、目の周りと頬は無惨に汚れている。
見ていて気の毒になる。
人目に晒す前にまず顔を洗わせた方がいいかも、と時子は思った。
樹木の少ない公園の中を冷たい風が吹いていて、ベンチに座っていると寒い。
アリスは顔を上げた。
「じゃ、行こうか」
前を向いて、時子が予想したよりもしっかりした声で、彼女は言った。
「どこに行くの?」
町子(まちこ)が尋ねた。
「例の喫茶店」
アリスは落ち着いて答えた。
「何しに行くの?」
時子も尋ねた。
「お茶しに行くの。ここ寒いにゃ」
アリスは時子の顔を見て、真面目に答えた。
乱れた化粧で無惨な顔のまま、何気ない顔で時子を見ている。
時子はおかしくて、吹き出しそうになった。
時子は慌てて自分の口元を袖口で覆い隠した。
遅かった。
「おい、なんで笑う」
アリスに気取られ、憤慨された。
「ごめんなさい」
謝ったが、今度は同じ乱れた顔のまま怒っているアリスを目にした。
袖口で押し殺しながら、また笑ってしまった。
「時子、何がおかしい」
アリスは前のめりになり、隣に座る時子の両肩をつかんで揺さぶった。
時子はがくがくと前後に揺れて、苦しくなった。
「顔、お化粧乱れてめちゃめちゃだから」
激しく揺さぶられながら、時子はなおも笑いを殺して、苦しい息の下で答えた。
「笑うほどのことか」
アリスは怒っている。
泣いたり怒ったり、今日の彼女は忙しい。
どちらも時子が原因だったが。
「笑うほどじゃないけど、喫茶店に行く前にその顔は直していった方がいいよ」
アリスの向こう側にいる町子が、苦笑いしながら声をかけた。
「笑う人なら笑うぐらいの乱れ具合だよ」
背中に町子の声を受けて、アリスは彼女の方を振り返った。
町子も笑った。
「笑うな」
「ごめん」
アリスは勢いよくベンチから立ち上がった。
「お前たちは笑い上戸か」
ぷりぷり怒っている。
「お酒は入ってないよ」
町子は答えながら、アリスに習って自分も立った。
アリスの顔を見ないようにして、時子も彼女たちに習う。
「もう少し座ってていい。私、トイレで化粧を直してくるにゃ」
アリスはそう言い捨てて、ベンチの上に置いていた自分のバッグをひったくるように取った。
腕を振って、大股で公衆トイレのある方向に進んでいった。
背中が怒っている。
時子と町子は、その彼女の背中を見送った。
「泣いたり怒ったり、忙しいね」
町子がつぶやいている。
時子はうなずいた。
アリスのように喜怒哀楽の激しい人生を送っていれば、ブログに書くネタにも困らないで済むかもしれない。
自分も怒ったり笑ったり、もっと感情表現にメリハリをつけてみようか。
時子はそう思った。
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