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『狭い公園で、にんにく』

すれ違いざま、何気なく、相手の顔を見上げた。

若い男だった。

義雄(よしお)の顔を見返しながら、こちらに白い歯も露わに、笑顔を見せている。

誰だ、と義雄は思った。

男性は笑顔のまま、どうも、と喉の奥で声をあげる。

何か、親しげな笑顔をこちらに向けている。

義雄にうなずきかけながら、通り過ぎていく。

義雄のことを、知っているらしい。

しかし義雄は相手が誰だかわからなかった。

釈然としないものの、会釈を返しながらすれ違った。

 

義雄は、公園のベンチに座っている。

待ち合わせ場所に指定されたのが、このベンチだった。

繁華街の中心、ビルとビルの隙間にかろうじて余った空間に設けられた公園である。

滑り台とブランコ、義雄の座るベンチ。

それだけがあって、狭い敷地の周囲は、ビルの外壁に囲まれている。

四方を囲まれているので、空を見上げると、四角に型抜きされたような空が見えた。

その狭い四角の空の下、ベンチでじっと待ちながら、義雄は息を殺している。

足元には、中身で膨れあがったスーパーの袋を置いていた。

取引の品が、それである。

足元に取引の品が入ったスーパーの袋を置いて、義雄は肩身の狭い思いをしている。

それも当然だった。

四方をビルに囲まれているのだ。

それらのビルには当然、窓があって、公園の方を向いている。

どのビルも商業ビルで、無数にある窓のいくつかには、人の顔が浮かんでいた。

物好きにも、ビルのさなかの公園を観察する人たちが、ビルの中にいるのだ。

義雄は、彼らに観察されている。

 

なんでこんな場所を取引先に指定したのだ、と義雄はいまいましい気持ちだった。

心の中で、取引相手に毒づいた。

相手が事前に、この公園を下見してさえいれば。

この公園が、衆人環視の状況下にあることは、容易に把握できたはずだ。

腹が立った。

怒りをどこかにぶつけたかった。

腰を曲げて前屈みになり、足元のスーパーの袋の中に右手を入れる。

中身をひとつ、つかみ出した。

その大きな白い塊を義雄は、自分の目の前にかざす。

なんとも言えない独特な刺激臭が、彼の鼻腔をついた。

上物の、にんにくだ。

白い皮に覆われた、大きな実を義雄は手にしている。

こいつをひとつ盗み食ってやろう、と義雄は思った。

大事な取引の品だ。

このにんにくと引き換えに、義雄は現金を受け取る手はずになっている。

その現金を受け取り、にんにくの業者に手渡すのが、義雄の今回の勤めだ。

この場所を指定したのは、現金を払う、顧客側の人間である。

その相手に、義雄は、一矢報いたかった。

連中がろくに下調べもせず場所を指定したせいで、自分は居心地の悪い思いをしているのだ。

やってしまえ、と義雄は思った。

にんにくの皮のへりを、指先でつまむ。

皮を外側に向けて、少しずつ剥がしていった。

白くなめらかな質感の実が、露わになる。

これはうまそうだ、とにんにくの実の地肌を目にして義雄は嘆息した。

皮を全て剥いてしまう。

実の露わなにんにくのくぼんだ場所に両手の親指をかけ、力をこめた。

音をたて、にんにくはいくつかの塊に分かれる。

左の手の平にそれらを乗せ、そのうちの一片を、右手の指先でつまんだ。

口の中に運んだ。

手頃な大きさの実を舌の上に乗せる。

そして、奥歯でゆっくりと咀嚼した。

香味と辛さが、口の中に広がる。

「くううぅ」

生のにんにくの辛さに、思わず義雄は声を漏らす。

生のにんにくを食べるのは、初めてだった。

辛い。

しかし上物だけあって、その辛さの中にも不思議な味わいがあるのだ。

義雄は咀嚼し続けた。

 

義雄がにんにくをひと玉分、食べ終わるのと同時だった。

取引相手がようやく姿を現したのだ。

「これはどうも、お待たせ」

白い歯を露わにして、笑顔を向ける男性。

「あっ」

義雄はベンチに座ったまま相手の顔を見上げて、声をあげた。

見覚えのある顔だ。

この公園に来る前にすれ違った、笑顔の男性だった。

今も変わらぬ笑顔をこちらに向けている。

「おたくだったのか、受け取りは」

義雄はにんにくの匂いを全身から立ち上らせながら、相手に言った。

「さっきはどうも」

「ちょっとは場所を選んだらどうかね。ここ、大勢に見られてるぞ」

相手はにこにこしながら、義雄を見下ろしている。

「知ってますよ」

「知っててわざと選んだのか」

「だって、人の目があるから、お互いうかつな真似はできんでしょ」

「何だと」

そこまで計算してのことか、と義雄は意外だった。

だったら、腹立ちにまかせてにんにくをひとつ失敬してしまったのは、うかつだったかもしれない。

「いや、別にひとつぐらい食べてもかまいませんが、おたくさん、ひどく匂いますよ」

男は笑顔を顔に張り付かせたまま、静かな声で言った。

「なに、たとえ匂ったところで、ビルの中まで届きはしない」

義雄は気取って答えた。

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