『原因を求めて。ヌニノコ祭』
街中に、えらく外国人が多い。
「何?何が起こったの?」
街中を歩きながらミコは、混乱している。
繁華街から住宅地にいたるまで、そこかしこに外国人の姿。
アジア系、欧米系、アラブ系、と多種多様な外見の人たちであふれている。
中には歩きながらスーツケースを引いていたり、大きなバックパックを背負う人の姿も。
旅行者たちなのだ。
「なんで?こんな街に何の用?ここ、何かあるの?」
混乱が収まらず、ミコは一人で歩きながら、独り言を言った。
アジア系観光客の集団が、道の端に集まって、立ったまま焼き鳥を食べている。
「ヤキトリ」
集団の中の一人が通りがかったミコの方を見ながら、自分のヤキトリを示して言った。
「オーイエス、ヤキトリ」
とミコは如才なく返す。
しかし腹の中では、疑念が渦巻いているのだ。
ミコは自宅に帰るまでの途上で、大勢の外国人観光客を見た。
降って湧いたような話だった。
わけがわからない。
何の変哲もない、面白みに欠ける、地方都市なのだ。
市が観光で売り出したという話も聞かない。
観光になるような場所など、ないのだ。
古いお寺、神社、後は郊外にいくつか食品会社の工場がある。
工場見学をまで観光に含めるならば、だ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
仕事から帰ってきた母親を迎えに、ミコは玄関に駆けつけた。
「お母さん、見た?街の中、外国の人だらけよ」
「そんな些細なことより、このチラシ見て」
母親は息を弾ませて言った。
母親は片手にビジネス鞄、片手に妙なチラシを持っている。
「何そのチラシ」
「読んでみてよ」
母親からチラシを受け取った。
ひと目見て、これはいったい何なのだ、とミコは思った。
チラシの表面には、大きく奇妙な動物のイラストが描かれている。
派手な色彩で、何か酒に酩酊して描いたような絵だ。
その動物は哺乳類のような爬虫類のような曖昧な顔をしている。
足が八本もあった。
その動物の頭上に、「ヌニノコ祭」とふにゃふにゃの字体で印刷されてある。
「ヌニノコ祭って何?」
ミコは表情を険しくして、チラシを裏返した。
チラシの裏には「ヌニノコ祭」なる催しの開催日時と場所、協賛企業の名前が記載されている。
市の観光協会の名前もあった。
「お母さん、どういうこと?これ」
「私が聞きたいわ」
母親は、混乱した様子で答えた。
チラシには、開催日時と場所をのぞき「ヌニノコ祭」についての具体的な情報は一切載っていないのだ。
開催日時は、今日から明後日までの、三日間である。
場所は、市の郊外にある神社の名前が記載されていた。
「お母さん、ヌニノコって何?」
「私も初めて聞いたわ。これがツチノコなら、小耳に挟んだこともあるのだけれど」
母親も混乱して言い返すばかりだ。
こんなチラシはおかしい、とミコは思った。
だが、一方で思い当たることもあったのだ。
急に街中に、外国人観光客があふれた理由である。
この、「ヌニノコ祭」がその原因に違いないのだ。
チラシを手にしたまま、ミコは母親の脇をすり抜け、玄関先に降りた。
足先に自分のスニーカーを引っ掛ける。
「ちょっと、どこ行くのミコ。晩ご飯の準備を手伝ってよ」
「駄目、今はヌニノコの方が大事」
母親に言い返し、ミコは家を出た。
走った。
住宅地内の私道を歩く、欧米人の若い男女を目ざとく見つけた。
二人して、スーツケースを引いている。
ミコは、彼らの前に立ちふさがった。
「ちょっと、あなたたち」
カップルらしい、その男女の顔を、ミコは交互ににらみつける。
「はい?」
二人はミコに道を阻まれ、目を白黒させている。
だが、女性の方は日本語が話せるようだ。
「あなた、何怒ってる?」
不慣れな口調で、恐る恐るミコに尋ねた。
「怒ってないけど、教えてよ」
ミコは、二人の目の前に件のチラシを突きつけた。
「これを見にきたんでしょ、違う?」
ミコの勢いに、二人は気圧されている。
「ノン…」
とチラシをのぞきこみながら、男性はかぶりを振った。
「違いますよ、私たち」
女性が、ミコに弁解する。
「ヌニノコ祭目当てじゃないの?」
ミコは疑わしい目を二人に向けた。
「違いますよ。私たち、丸髷寿司食べにきた」
女性はたどたどしくも、一生懸命に弁解する。
「丸髷寿司?何言ってるの?」
「マルマゲズシ、ウィ、セテシデリシュ」
男性も女性に同意した。
「美味しいお寿司、世界で有名です。美味しかったです」
女性は噛んで含めるように、ミコに言って聞かせる。
ミコは首をかしげた。
この街に、丸髷寿司なる寿司屋があるらしい。
ミコは知らなかった。
「外国の人たち、みんなそのお寿司を食べに来てるの?」
「ウィ」
カップルは同時にうなずいた。
納得がいかないままミコもうなずいて、二人から離れた。
家に戻った。
「ヌニノコ祭」とは、いったい何なのだろう。
開催場所は、わかっている。
行けば、全てが明らかになるかもしれない。
しかし、ミコには得体の知れない「ヌニノコ祭」を目の当たりにする勇気はなかった。