『拾い食いする男の子』
学校帰りの茂介(もすけ)は、視線を落とした。
路上に、ショートケーキが落ちている。
型崩れしているが、上の方に乗ったクリームは汚れてもおらず、無事である。
大きな赤いイチゴも乗っている。
美味しそうだ。
茂介は、周囲を見回した。
現場は、昼下がりの住宅地である。
茂介以外には誰もいなかった。
茂介は意を決した。
ショートケーキのもとに、屈みこんだ。
手先で、ケーキの上部をつかみ取った。
手の中の、クリームまみれの塊を、口に運ぶ。
ケーキなど食べたことのない茂介は嬉しくて、ケーキもイチゴも一緒くたに、貪った。
甘くて生地はふわふわ、クリームはとろとろで、美味しい。
「いーややこやや、先生に言うたろ」
突然のことだった。
路上に屈みこんでケーキを楽しんでいた茂介は、驚いて背筋を伸ばした。
彼の背中に、大きな歌声が浴びせかけられたのだ。
「いーややこやや、先生に言うたろ」
茂介は手の中のケーキの残りを口に押し込み、振り返った。
後ろに、女の子が立っている。
ランドセルを背負っていて、茂介と年は同じぐらいだ。
丸顔に、小さな目と鼻と口が、ぽつぽつとついている。
茂介が初めて見る顔だった。
「何がやねん」
隠し事を見られたばつの悪さをごまかすために、怒鳴ろうと思う。
だが、口の中がケーキで一杯で、くぐもった声しか出せない。
女の子は無表情に、茂介を見ている。
「落ちてるお菓子食べたらあかんねんで」
女の子は落ち着いた声で言った。
見られていたのだ。
「食べてへんわ」
茂介は顔を背け、くぐもった声で言った。
ばつが悪い。
見知らぬ女の子に背を向けて、足早にその場を去った。
茂介は、路上に饅頭が落ちているのを見つけた。
別の日の学校帰り、同じ住宅街。
茂介は、饅頭に目がないのだ。
饅頭のそばに屈みこんだ。
饅頭をつかみあげた。
裏返して見ると、底の部分に小石と砂がついている。
茂介は、その底を自分の服の袖で拭った。
小石も砂もおおかた取れたので、饅頭を口に運ぶ。
前歯を立てた。
皮は柔らかくて、中に甘いこしあんが詰まっていて、とても美味しい。
「いーややこやや、先生に言うたろ」
茂介は驚いて、口の中の饅頭を吐き出してしまった。
振り返ると、後ろにあの見知らぬ女の子がいる。
丸顔に、小さな目鼻。
無表情を保っている。
「またお前か」
女の子はじっと見返す。
「俺のことは、ほっといてくれ」
「落ちてるお菓子食べたら、死ぬで」
「死ねへんわ、あほ」
「そのうち死ぬで」
無表情にこちらを見ながら、落ち着いた声で伝えてくる。
茂介は、気味が悪くなった。
女の子に背を向けて、自宅に走った。
路上に板チョコレートが落ちている。
銀紙に包まれたままなので、中身は汚れていないようだ。
しめた、と茂介は思った。
学校帰りで、例の住宅地にいる。
屈んで板チョコレートを手に取ろう、と茂介は思った。
背中に、強い視線を感じる。
恐る恐る振り返った。
彼の後方に、例の女の子が立っている。
丸顔に、小さな目鼻立ち。
その小さな両目から、赤いものを流しながら、茂介を見ている。
血の涙だ。
ひっ、と茂介は声をあげた。
女の子の血で濡れた視線が、茂介に留まっている。
板チョコレートのことは一瞬で忘れ、茂介はその場から走って逃げた。
一週間ばかり経った頃である。
例の住宅地で、散歩中の近所の飼い犬が、落ちていた板チョコレートを食べた。
かわいそうに、その後しばらく苦しんだ末、犬は死んだ。
毒物が入っていたらしい。
両親がそう話しているのを聞いて、茂介は背筋が寒くなった。
茂介が食べ損ねた、あの板チョコレートなのだ。
もし例の女の子に止められなかったら、茂介が毒殺されていたところだった。
恐ろしくて、茂介は全身に悪寒を覚えた。
翌日から三日間寝込んで、学校を休んだ。
茂介の拾い食いの癖は止まった。
その後、茂介は街を探検して遊んでいる。
昔ながらの街道沿いに、小さな祠を見つけた。
祠の中には、お地蔵さんがいる。
丸顔で、小さな目鼻立ち。
無表情である。
茂介は両手を合わせて拝み、持っていた板チョコレートをお供えしておいた。
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