『聞く耳を持たない末裔たち』

雪で閉ざされた山間部で発見された、原初の人類。

通称、オリジナル。

彼は、全人類の先祖にあたる人間である。

山腹の岩屋で発見されたとき、彼は草で編んだ質素な衣をまとい、キノコのスープをすすっていた。

取材に来たテレビ局の人間に捕まり、ヘリコプターで街まで連れてこられた。

乗り物を降りるなり、テレビカメラの前に引きずり出された。

大勢が待ち構えている。

「何をするんだ」

たった一人のオリジナルを、テレビ局のスタッフたちが四方から取り囲んで、カメラの前に据えようとする。

「おい、やめないか」

「じっとしててください、これからすぐ生放送ですから」

説明を受けるが、そもそもオリジナルは取材になど応じていない。

無理やり連れてこられたのだ。

「何も聞いていないよ、前もって」

そんな彼の抗議など意に介さず、テレビ局のスタッフは緊急報道番組の準備を進めている。

オリジナル発見地に最も近い都会は、この北国の首都だった。

雪がちらつく街に、巨大なレンガ造りの都庁が建っている。

その手前に広がる広場で、オリジナルをテレビ局スタッフが押さえつけ、いい風景を撮ろうとしているのだ。

都庁を背景にしている。

「何の説明も受けていないよ」

オリジナルは訴え続けている。

周囲の人間は、耳を貸さない。

皆、自分の仕事で忙しいのだ。

撮影現場に、野次馬が集まり始めた。

誰もが厚手の防寒具を着てふかふかの帽子をかぶり、マフラーを首に巻いている。

そのマフラーに口元まで埋めながら、物見高くオリジナルを眺めている。

彼らにスタッフたちの非道を訴えかけよう、とオリジナルは思った。

「誰か、この連中にひとこと言ってやってくれ」

高い声をあげた。

「こんな横暴があるかね。住居から無理やり引っ張りだして、是非も聞かずに撮影をする」

「理屈を言うんじゃねえよ、原始人が」

野次馬の中から、乱暴な野次が飛んだ。

オリジナルは、目を剥いた。

「誰だ今、酷い野次を飛ばしたのは」

野次馬の中を、目で探す。

しかし当の発言者は、後難を恐れて雲隠れしていた。

何て野蛮な連中だ、とオリジナルは思った。

私は原初の人類で、お前たちのご先祖様である。

ご先祖様に対して、敬いの気持ちはないのか?

「カメラ回ったらレポーターが話聞きますから、今はおとなしく黙っててください」

スタッフの一人が、オリジナルをなだめにかかる。

しかし、彼の気持ちは収まらない。

「カメラが回ったら、どうせそっちの質問をたて続けに受けることになるんだろう?」

「ああ、ええと…」

オリジナルの問いかけに、スタッフは目を泳がせた。

面倒な説明を避けようという意図が見える。

オリジナルは、泣きたくなった。

このテレビ局のスタッフたちも野次馬たちも、彼の末裔なのだ。

彼の子供たちが豪雪地帯から平野部に出て繁栄し、子孫を増やした。

その子孫が、世界中に広がった。

世界最初の人類であるオリジナルは、特別長命な肉体を持っている。

子供たちが死に絶えた後も彼は生き続け、自分の末裔たちと顔を合わせることになった。

今彼の周囲を取り囲んでいるのは、血の繋がった、彼の子供たちなのだ。

それなのに、子供たちの方では彼に対する親しみも、敬いも見せようとはしない。

事前の承諾もなしに、無理やり生放送の番組に出演させるぐらいなのだ。

悲しみが、オリジナルの全身に満ちた。

「お前たちのような末裔を持って、私は恥ずかしい」

オリジナルは涙を流し、広場の真ん中で慟哭した。

「静かにしてください、もうすぐ放送始まりますから」

近くにいたスタッフにたしなめられた。

この連中は、聞く耳など持たないのだ。

血も涙もない馬鹿者たちだ。

自分の子供たちが馬鹿者なのを知るほど、悲しいことはない。

 

スタッフの準備が整い、レポーターが彼の手前に立ち、カメラが撮影を始める。

カメラ目線のレポーターが、マイクを握りながら発声しようと息を吸い込む寸前。

オリジナルはレポーターの持っているマイクを奪い、彼女を突き飛ばし、カメラの前にせり出した。

カメラの背後で、色めき立つスタッフたち。

オリジナルはカメラのレンズをにらみつけながら、マイクを食わんばかりの勢いで言った。

「子供たち。ご先祖様をもっと大切にするんだ」

テレビの前の視聴者たちは、彼が誰だか知らないので、必死の訴えにも首をかしげるばかりだった。

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